そのにじゅうろく


「くしょんッ!」
 司令室の一角、窓辺のソファーに腰掛けたロイが一つくしゃみをする。そうすればブレダと書類を見ながら話をしていたハボックが、パッとロイを振り向いた。
「寒いっスか?ロイ」
 そう言うと手にした書類をブレダに押しつけてロイの所にやってくる。心配するように覗き込んで、ハボックはロイの前髪を大きな手でかき上げた。
「熱は……ないっスね」
 コツンと額と額を合わせてそう呟くのを聞いて、ロイは顔を赤らめて慌てて言う。
「大袈裟だな、風邪なんてひいてないぞ」
 くしゃみ一つでやたらと心配する様子に、ロイが苦笑すれば書類を手にやってきたブレダが言った。
「でも、今流感が凄く流行ってるんだろう?」
「そうなんだよ、小隊の奴らの中にももう何人もかかってるのがいてさ。ロイ、結構あっちに行ってただろう?」
「それならお前だって条件は同じじゃないか」
 自分がかかるならハボックだってかかるんじゃないかと言うロイに、ハボックが胸を張る。
「オレは頑丈に出来てるっスから。ロイはちっこいし、流感なんてかかったら大変っスよ」
 大丈夫かなぁとハボックが心配していると、丁度戻ってきたホークアイが聞き咎めて言った。
「あら、ロイ君、風邪なの?」
「まだ判んないっスけど」
「気をつけた方がいいですよ、今悪いの流行ってるし」
「怪しいと思ったら大事にすべきです」
 フュリーやファルマンにまで心配されてロイは顔を赤らめる。
「ちょっと寒気がしただけだ。大したことは────」
「寒気!大したことっスよ、それは!」
「大変、薬を貰ってきた方がいいわ」
「僕、医務室行って貰ってきます!」
 ホークアイの言葉を受けてフュリーが司令室を飛び出して行こうとする。開けようとした扉が廊下側から開いてヒューズが入ってきた。
「うう、寒いッ!もう春だってのに……ハアックションッ!!」
 もの凄い勢いでくしゃみをする上官にフュリーは露骨に嫌な顔をする。
「もう、中佐。風邪ですか?うつさないで下さいねッ!」
「え?ああ……って、おい、どこに行くんだ?そんなに慌てて」
 心配するどころか冷たい言葉をぶつけてくる部下に肩を落として尋ねるヒューズにハボックが答えた。
「ロイが風邪引きそうなんスよ。フュリー、早く薬貰ってこい」
「はいっ!」
 ハボックに頷いてフュリーは今度こそ司令室を飛び出していく。その背を目を丸くして見送ったヒューズは、ロイを取り囲んで口々にああした方がいい、こうした方がいいと言い合う部下を振り向いた。
「なあ、俺も風邪引きそうなんだけど」
「だったら薬貰ってくればいいっしょ!」
「ロイ君、寒くない?これを羽織っておくといいわ」
「中尉、俺もちょっと寒いなぁ」
「それならコートでも羽織ってらして下さい!」
 一生懸命体の不調を訴えてみるものの、誰一人まともに取り合ってくれない。そうこうするうちにバタバタと戻ってきたフュリーが、ドンッとヒューズを突き飛ばしてロイに薬を差し出した。
「これっ、薬と水!」
「よし、ほら、飲んで!ロイ」
「なあ、俺にも薬────」
「「「煩いッッ!!」」」
 話しかけようとした途端、一斉に怒鳴りつけられる。ウッと仰け反って、部下達にあれやこれやと大事にされるロイの可愛らしい猫耳と揺れる尻尾を見て。
「俺も猫耳つけて尻尾生やそうかなぁ……」
 涙目になりながら半ば本気で呟くヒューズだった。


2012/03/13


→ そのにじゅうなな
そのにじゅうご ←