| 霧屋 第九章 |
| 「な…ッ」 あたり一面に広がっていた霧が水へと変わり、いきなり激流の中に放り込まれたようになってロイはゴボゴボと水の中に沈む。必死に水面に顔を出したロイはフロア中に水が溢れかえっているのを見て目を丸くした。渦巻く水はキメラたちを押し流し、高い音を立てて窓ガラスを押し破ると外へと溢れ出ていく。ゴオゴオと流れる水の中、ロイは必死になって手すりに掴まった。その時、流れてきたキメラがロイの肩口にドスンとぶつかる。その勢いに掴んでいた手が離れロイはキメラ諸共流されそうになった。 「う、わぁッ!」 慌てて伸ばした手は手すりを掴みそこね、ロイは激流に飲まれかける。死ぬかも知れないと思った瞬間、ハボックの腕が伸びてロイの手首をガッシリと掴んだ。 「大佐ッ」 ハボックは片手で手すりを掴んだままロイの体をググーッと引き寄せる。ロイは手が手すりに触れると必死にそれを掴んだ。 ゴオゴオゴオ――ッッ 逆巻く水はそれでも時間にしたら数分だったのだろう、フロア中のものを押し流しながら階下へと流れていき、そうして気付いた時にはロイはハボックと一緒に手すりに縋りついた格好で呆然と廊下に跪いていた。全身ずぶ濡れで声もなく手すりに縋りつくロイの横で、ハボックは立ち上がるとホッ吐息を吐く。濡れた前髪をかき上げると呆然としているロイの顔を覗き込んだ。 「たいさぁ、大丈夫っスかぁ?」 真ん丸く見開くロイの黒い瞳の前でひらひらと手を振ればロイの体がビクリと揺れる。ゆっくりと自分を見上げてくる黒曜石にハボックはもう一度聞いた。 「大佐、大丈夫っスか?」 「なん……い、今の……ッ?!」 ぽたぽたと滴を垂らしながら聞いてくるロイにハボックは答える。 「このフロアの霧を全部水に変えたんスよ。キメラも丸ごと流しちまいました」 「全部水に……」 ロイは呆然とハボックを見上げていたがハタと我に返るとキッと眦を吊り上げた。 「そういうことはやる前に言えッ!!私まで流されたらどうするんだッ!!」 「だからちゃんと掴まってって言ったじゃないっスか」 「心構えと言うものがあるだろうッ!!」 怒りに頬を上気させ、濡れた潜入服をべっとりとその体に纏わりつかせたロイを見下ろしていたハボックはつと手を伸ばすとロイの胸に触れる。ぷくりと膨れて布地を押し返している突起に触れられてロイはギョッとして後ずさった。 「なっ、何をするッ!」 「大佐、なんかエロ〜い」 ニヤニヤと笑うハボックの脛をロイは思い切り蹴り上げる。悲鳴を上げて飛び上がるハボックを尻目にフロアを見渡すと言った。 「キメラはどうなったろうな。まだ生きてるのがいるのか?」 ロイがそう言えばハボックが脛をさすりながら答える。 「生きててもろくに動けないと思うっスよ。多分外に流されてる筈だから後始末は中尉にお願いするとして、オレ達はどうします?錬金術師は死んじまったんでしょ?」 「アイツが持っていたカバンが欲しいな。キメラが流されたってことは錬金術師も一緒か。……探すのが大変じゃないか」 そう言って睨みつけてくるロイにハボックは肩を竦めた。 「仕方ないじゃないっスか、あのままキメラに食い殺されるのも蒸し焼きになるもの嫌だったんスから」 「ずぶ濡れになるのもゴメンだがな」 文句を言うロイの濡れた髪をかき上げてハボックが言う。 「絶対文句言われると思ってたっスけどね。判りましたよ、オレが探してきますから」 そう言ってびちゃびちゃと音を立てて階下へと向かうハボックの背を見ていたロイは、チッと舌打ちすると後を追った。足音に振り向くハボックを睨んで言う。 「仕方ない、手伝ってやる」 僅かに眦を染めてそう言うロイに。 「ありがとうございます」 ハボックはそう答えると嬉しそうに笑ったのだった。 「まったくお前が霧屋本人だったとは」 執務室の椅子に座ってロイはハボックを見上げる。金髪の部下は決まり悪げにボリボリと頭を掻いてみせた。 「しかもヒューズが知っていて私が知らないというのはどういうことだ」 ジロリとヒューズをねめつければ眼鏡の奥の瞳がニヤニヤと笑う。机に腰を引っ掛けて体を預けるとヒューズが言った。 「ま、仕方ないだろ。コイツが錬金術使えることは軍の中でもほんの一握りの連中しか知らないことなんだからさ」 「だからどうして中央勤務のお前が知っていて直属の上司の私が知らないんだ」 不満そうにロイが言えばヒューズが答える。 「だってコイツがロイには教えないでくれって言うんだもん」 その答えにロイはハボックを見た。ハボックは苦笑して肩を竦めると言う。 「焔の錬金術師の配下に錬金術師がいるのを良しとしない連中もいるでしょうしね。それに錬金術を使えるって知られてない方がいろいろと便利な事もあるし」 「だからって私に黙っている事はないだろう?」 言われて「すんません」と謝るハボックにロイが聞いた。 「お前がいつも手伝いに行くと言っていたあの爺さんも一味か?」 「一味ってアンタ……」 悪党じゃあるまいし、とハボックが言えば「そう変わらん」とロイが言う。ハボックは苦笑いすると言った。 「あの爺さんが窓口なんスよ。つか、もともとは中佐との連絡役だったんスけどいつの間にかよろずやみたいなこと始めちゃって。自分がヒマなもんだからなんかすっかり面白がってんですよね、あの爺さん。まあ、オレとしても使った方が鈍らないし、それに小遣い稼ぎに丁度よかったんで」 「散々騙されたわけだ」 面白くなさそうにロイは言うと思いついたように尋ねる。 「それで、お前のふたつ名はなんだ?」 「へ?」 「ふたつ名だよ。まったく私が知らない国家錬金術師がいたとは」 椅子に背を預け腕を組んでそう言うロイにハボックとヒューズが顔を見合わせた。困ったように笑うハボックにヒューズが肩を竦めると言う。 「コイツにふたつ名はねぇよ、ロイ」 ヒューズが言えばロイがキョトンとした。それに苦笑してヒューズが言う。 「コイツは国家錬金術師じゃねぇからな」 「えっ?」 ヒューズの言葉に驚いたロイは噛み付くような勢いで言った。 「どうしてっ?あれだけの腕があれば国家錬金術師の資格をとるなんて簡単だろうっ?」 「いりませんよ、そんな資格」 ハボックはそう言って顔を顰める。 「そんなもんになったらアンタの下にいられなくなっちゃうでしょうが」 「…え?」 そう言われて目を丸くするロイにヒューズが言った。 「軍としてもな、国家錬金術師になりゃ管理も楽なんだけどよ、コイツときたら絶対そんなもんになるのは嫌だって」 「そりゃそうでしょ。オレの錬金術は民衆の為のもんじゃない、大佐のためのもんスから。国家錬金術師なんかになって大佐の下にいられなくなるんじゃ意味がない」 その言葉に益々目を丸くするロイを見ながらヒューズが言う。 「おい、あんまりおおっぴらにそういう事、言うもんじゃねぇぞ。色々勘ぐられたかねぇだろ?」 「その為にアンタがオレを監視してんでしょ。しかもいいようにこき使って」 思い切り嫌そうな顔をするハボックにヒューズがカラカラと笑った。 「俺でよかっただろうが。おかげで小遣い稼ぎしながらロイの部下でいられるんだからよ」 「はいはい、感謝してますよ、中佐」 歯を剥いてヒューズに感謝の意を伝えるとハボックはロイを見る。 「黙っててすんませんでした。でもオレ、ジャン・ハボック少尉じゃ出来ないところでアンタの役に立ちたかったんで」 そう言うハボックをロイはマジマジと見つめていたがやがてフッと笑った。 「なるほど。だったら私が一番の上客になればいいわけだ」 ロイの言葉にハボックも頷いて笑う。 「ええ、なんかありましたら、霧屋をよろしく」 2008/07/25 |
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拍手リクで「錬金術を使えるハボ」でした。ロイハボの方でも同じリクがありましたがこっちは「腕のいい錬金術師」をめざしてみました(笑)私は読んだ事は無いのですがどこかのサイトさまで「紫煙の錬金術師」のハボがいたそうで、だったら煙ネタはダメねってことでこんな感じに。ハボの錬金術はきっと大佐のためだと思うので国家錬金術師ではなくよろずや「霧屋」ハボックといたしました。ちょっとカッコイイハボを目指したつもりですがいかがでしたでしょうか。楽しいリクを下さいましたリク主様、ありがとうございました。 |