| 霧屋 第一章 |
| たっぷりと水分を含んだ霧がゆっくりと町を包んでいく。あたりは一面ほの白く輝き、時間の感覚が失われた街の片隅でロイたちはテロリスト達の拠点だと通報のあった場所を取り囲んでいた。 「嫌な霧だ」 視界を埋め尽くすそのひんやりと冷たいベールをロイは忌々しげに睨み付ける。 「霧くらいで無能に成り下がられては困ります」 すぐ傍でホークアイが霧と同じくらい冷ややかな声でそう告げるのを耳にしてロイは思い切り顔を顰めた。焔の錬金術師と謳われたロイ・マスタング。焔を操るその能力はたかが霧くらいで失われるほどのものではなかったが、正直空気が重たい程の水分を含んだ環境というのはやりにくいことこの上なかった。 「無能などになったつもりはないがな」 「それを聞いて安心しました」 返る言葉にロイが眉間の皺を深めた時、ザザッとコムが音を立てて切羽詰ったフュリーの声が聞こえた。 「大佐ッ!罠ですッ!!早くそこから逃げて…ッ!!」 その声の半瞬後、ロイの声が白い霧を劈く。 「総員退避ッッ!!」 ワッと浮き足立つ兵達が逃げだそうとした時、最初の爆発が起きた。ドオンと大きな音と共にバラバラと建物の欠片が降り注ぐ。 「クッ」 ロイの手袋を嵌めた手が翻り大きな破片が粉々に砕け散った。 「大佐ッ」 「判っているッ」 ホークアイと共に駆け出しながらロイは次の攻撃に備える。だが、あたりは白い霧に包まれたままそれ以上何も起こりはしなかった。とりあえず距離を取ったところで相手の出方を見ていたロイとホークアイは顔を見合わせる。 「…一体どういうことでしょう」 罠ならもっと続けて攻撃を仕掛けてくるはずだ。だが、実際には最初の一発以外には何事も起こらず、ロイ達は半ば混乱した頭を抱えて立ち尽くしていた。その時、ゆらりと霧が揺らめいてロイ達はハッとして身構える。霧を肩で押し開くようにして現れたのはハボックだった。 「たいさぁ、大丈夫っすかぁ」 その場の緊張感をまるで無視したのんびりした声にロイ達はポカンとしてハボックを見つめる。次の瞬間、ロイはその間抜けな顔にカッとなって怒鳴った。 「ハボックッ!お前、どこにいたッ?!」 「どこって大佐が反対側から回りこめっつったんじゃないっスか」 ハボックが不服そうに言えばロイが眉を顰めて聞く。 「どうなってるんだ、ヤツらはどうした?」 「さあ。オレがここにくる間には誰もいなかったっスよ?あの爆発は大佐じゃないんスか?」 「私じゃない」 吐き捨てるようにロイは言うとあたりを見回す。さっきまでみっちりと街を包んでいた白い霧はいつの間にか薄まり、視界が利く様になっていた。ロイは部隊の兵に指示を出してあたりの様子をうかがわせる。戻ってきた兵は半ば呆然とした様子でロイに報告した。 「テロリスト達が?」 その報告を聞いたロイはホークアイと顔を見合わせる。頷き合うと今来た道を引き返していった。 「一体どういうことなんだ?」 ロイは椅子に背を預けると苛々と机の表面を指で叩く。だがそれに答える事が出来る者はこの場にはいなかった。 「先日の事件でも同じ事があったろう?」 ロイが言っているのは数週間前に起きた事件のことだった。テロリスト達を取り押さえるべく向かったロイ達が現場に到着するより早く、既にテロリスト達は抵抗する力を奪われて倒れていたのだ。逮捕したテロリスト達に尋問したところ皆口を揃えて「呼吸が出来なくなった」と言ったのだ。「まるで水の底に引きずりこまれたように吸おうとした空気が水と化した」と。 「あの時もあたりは霧に包まれていたな」 「でも、いくら霧の正体が水だっつっても息ができなくなるなんてこと、ないでしょう?」 ハボックが煙を吐き出しながら言う。確かに霧の中にいたところで服が湿っぽくなる事はあっても息ができなくなるなんてことは考えられない。ロイは軽く首を振ると言った。 「とにかくもう少しヤツらから話を聞きだしてくれ。当時の状況を詳しく聞きたい」 「イエッサ!」 ハボックはそう答えて敬礼すると執務室を出て行く。その背を見送ってロイは深いため息を零したのだった。 「どうぞ、大佐」 そう言ってハボックが差し出したカップをロイは受け取る。自宅のリビングでロイはソファーの上で膝を抱えて座り込んでいた。 「また考えてたんスか?」 ハボックはそう言うと自分のカップを手にロイの向かいに腰を下ろす。そう言われてロイはジロリとハボックを睨んだ。 「判らないことをそのままにしておくのは性に合わない」 「考えても判らない事にいつまでもかかずらうより、もっと建設的なことを考えた方がいいっスよ」 「もっと建設的なこと?」 ロイがそう聞けばハボックが笑う。 「たとえばせっかく久しぶりに二人で過ごせるんだから、どうやって過ごそうか、とか」 「まずはゆっくり風呂に入りたい」 「背中流してあげますよ、それから?」 「美味いメシと美味い酒」 「腕、振るいましょ。それから?」 「食事の後はやっぱりデザートだろう?」 「何がいいっスか?フルーツ系?それとも焼き菓子みたいの?」 ハボックに聞かれてロイは首を捻った。今の気分はフルーツ系だと告げればハボックが頷く。 「デザートの後は?」 「そうだな、ゆっくり眠りたい。柔らかい枕とブランケットと」 ロイは済ましてそう答えるとカップに口をつけた。そのまま口を開かずハボックに視線も向けずにいたが、自分にじっと注がれる視線に根負けしてハボックを睨む。 「何が言いたいんだ」 「オレは要らないっスか?欲しいのは枕だけ?」 「そうだ、と言ったら?」 「今日なら特典つきっスけど」 そう言うハボックにロイは片眉を跳ね上げた。 「ほう?どんな?」 「それはご利用を申し込まれた方にしかお教えできないことになってるっス」 ハボックがそう答えればロイがクスクスと笑う。 「期待はずれってことはないのか?」 「申し込んでみれば判るっスよ」 同じように笑って答えるハボックにロイは立ち上がると近寄っていった。 「期待はずれだったら返品するぞ」 「追加注文したくなるかもしれませんよ?」 ハボックはそう言って目の前に立つロイに手を伸ばす。グイと引けば抵抗なく倒れ込んでくる体をそっと抱き締めた。 「後悔させませんて」 「期待しよう」 囁きあってクスクスと笑うと、二人はどちらともなく唇を重ねていったのだった。 |
→ 第二章 |