a voice to whisper to a gap of his heart  前編



「あ…」
 思いがけず零れ落ちてしまった言葉に、ロイとヒューズは互いに凍り付いてしまった。驚愕と困惑に染まるヒューズの顔に、ロイは慌てて笑顔を取り繕った。
「ごめん…こんなこと言うつもりじゃ…」
「い、や…俺の方こそ、ワリィ…。俺、お前のことそういう風には…」
 どう言ったら傷つけずに済むかと必死に言葉を捜すヒューズにロイは首を振った。
「判ってる。お前にはグレイシアがいるんだからな、もうすぐ結婚するんだし…」
 自分で言った言葉が自身の心に鋭い刺となって突き刺さる。ロイは無理矢理に微笑むと「今のはなかった事にしてくれ」とヒューズに言い、ヒューズもその言葉に半ば安心したような笑みを浮かべたのだった。


 一体いつからだったのだろう、もう長い付き合いになるヒューズを単なる友人としてではなく意識するようになったのは。ずっとずっと好きで、だが告げることすら出来ずにただ側にいることで満足していたロイに、ヒューズが付き合い始めたばかりの女性と結婚すると言い出した。運命の相手なんだと相好を崩して告げるヒューズに、じゃあ自分はなんなのだと思った瞬間、ロイの唇から「好きだ」と言う言葉が零れ落ちて。
 決して告げるつもりのなかった想いを口にしてしまったことで、もう友人としての立場すらなくしてしまった事にロイの心は深く傷ついたのだった。


「大佐っ」
 ぐいといきなり腕を引かれてロイはハッとして自分の腕を掴む相手を見上げた。見下ろしてくるハボックの空色の瞳と視線が合って、ロイは居心地悪げに目を逸らす。
「ボーッとしてると危ないっスよ」
 階段を踏み外しそうになったロイの体を引きとめたハボックはロイにそう言った。ぶつぶつと囁くように礼の言葉を吐き出すロイをじっと見つめたハボックは、器用に片方の目だけを眇めると口を開く。
「この間セントラルから帰ってから元気ないっスね。なんかあったんスか?」
 こういうときは察しの良い部下が疎ましい。
「別に何も…」
 と呟くロイにハボックはため息をつくと言った。
「なんでも溜め込むと体によくないっスよ。何があったか知りませんけど、今晩一緒に飲みにいきませんか?」
 高い酒は奢れないけどそこそこイケルとこを紹介しますから、と言うハボックにロイはそんな気になれないと断ろうとしたが、ハボックは6時に店で待っていると場所を告げると、演習があるからと走り去ってしまった。


「今日も一日ご苦労様でした」
 ハボックはそう言うとロイが持つグラスにチンと自分のグラスを合わせた。そうして一口飲むとにっこりと笑う。
「アンタが普段飲んでる酒とは比べ物にならないと思いますけど、これもそう悪くはないと思いますよ」
 ウェイターにいくつかつまみになるものを注文するとロイの顔を見る。
「そういえば大佐、セントラルのヒューズ中佐、今度ご結婚されるそうですね」
 びくんと大きく震えるロイに気づかぬわけはないのに、ハボックは何事もないように言葉を続ける。
「大佐はもう相手の女性を紹介してもらったんスか?あの中佐のことだからすごい美人なんだろうなぁ」
 羨ましいっスよね、と笑いながら言うハボックの横で、ロイは顔色をなくしてグラスを握り締めていた。
「結婚祝いあげるんでしょ?何あげるんスか?」
 ハボックはロイの顔を覗き込みながら尋ねる。ロイはからからに乾いた喉に何度も唾を飲み込むとようやく言葉を発した。
「ま、だ、かんがえてない…」
「そうなんスか?この間出張行った時、3人で買いに行けばよかったのに。買って送ってあげるのもいいけど、その方が奥さんになる人とも親密度が増すでしょう。やっぱ親友の奥さんになる人なんだから特別っスよね」
 ハボックの空色の視線が突き刺さるように感じて、ロイはグラスを置くとしゃがれた声でハボックに告げた。
「悪いが今日はもう帰るよ。気分が優れないんだ」
 そう言うロイにハボックは眉を顰めた。
「調子が悪いんですか、ならそうと言ってくれりゃいいのに」
 送りますよと、席を立つハボックにロイは慌てて断りをいれる。だがハボックは代金をテーブルの上に置きながらロイに言った。
「途中で倒れでもされたら困りますからね。送りますよ」
 そう言われれば強く断ることも出来ず、ロイはのろのろと席を立った。


 家に着いて玄関で帰ると思ったハボックはロイについて中へ入ると扉の鍵をかける。勝手知ったる家の中へずんずんと入ると、暖炉に火を熾した。キッチンへ入ってやかんを火にかけると、ぼうっとリビングに立ち尽くすロイからコートを脱がせ、その手を引いてソファーへと座らせた。
「今温かい飲み物淹れたげますから、ちょっと座ってて下さい」
 そうして暫くするとココアを淹れたカップを持ってやってきた。
「調子、どうあるんですか?熱?気持ち悪いんスか?」
 そう聞かれてロイはのろのろと首を振る。
「たいした事ないんだ…一人で大丈夫だから…」
 ハボックの顔を見ずにそう囁くロイをハボックはじっと見つめていたが、ロイの手からカップを取り上げるとテーブルの上に置いた。そうしてゆっくりと区切るように言った。
「中佐が結婚するのが、そんなにショック?」
 突然そんなことを言い出すハボックをロイはビックリして見つめる。
「何を言い出すんだ」
「こんなに好きなのに他の女を選んだ中佐に、ついうっかり告っちゃいました?」
「なに、を…」
 ハボックの言葉に言い返すことも出来ずにまじまじと見つめてくる黒い瞳に、ハボックは薄く笑った。
「好きだったんでしょ、中佐のこと。いや、今もまだ諦めきれないのか…」
「バカなことを…っ」
 ロイは勢いよくソファーから立ち上がるとハボックを睨みつけた。
「当たってるでしょ?だってアンタ、いっつもすごいもの欲しげな目で中佐のこと見てましたもん」
「そんなことっ」
「オレが気がつかなかったとでも?」
 ハボックは顔色を失くすロイを見てくすくすと笑う。
「あんな情欲にまみれた視線で中佐のこと見つめて。よく中佐が気がつかないもんだと思いましたよ」
「わ、私は…っ」
 ぶるぶると唇を震わせるロイをハボックはじっと見つめるとその腕を取った。
「ずっと抱いて欲しかったんでしょ、中佐に」
「バカなことを言うなっっ」
 掴まれた腕を振り払おうとするが、がっしりと掴んだハボックの手はびくともしなかった。ハボックは掴んだロイの腕を引き寄せると手首の辺りをねっとりと舐めあげた。
「こうして舐められたかったんでしょ、体中…」
「ちがうっ」
「嘘ばっか」
 ハボックはそう囁くとロイの指を唇に含んだ。ねっとりと舌を這わせ吸い上げるとロイの体がびくりと震える。
「ベッドの中で想像してたんでしょ、中佐に組み敷かれる自分の姿…」
「やめろっっ」
 ロイはそう叫ぶとハボックを蹴り上げた。ハボックは難なくそれを交わすと、楽しそうに笑う。
「どんな風に想像してたんスか?キスされて、それから?」
「想像なんてしてないっ!」
「女みたいに突っ込まれたかったんだ…?」
「違うっ!!」
 ハボックはロイの腰をぐいと引き寄せるとロイの耳元に囁いた。
「アンタの方がよっぽど美人だろうにねぇ、男ってだけで選んでもらえなくて」
 カワイソウと笑いながら囁く声にロイの瞳に涙の滴が膨れ上がる。
「今頃、中佐、彼女と宜しくヤッてるんじゃないんスか?」
 その言葉にロイは息をのんでハボックを見つめた。
「あったかいベッドの中で、女の胸に顔埋めて…いやもう、突っ込んでるトコかなぁ」
「やめろっっ」
 ぽろぽろと涙を零すロイに、ハボックはうっすらと笑うと囁く。
「カワイソウな大佐…。大事な中佐、盗られちまって」
 もう言い返すことも出来ずにハボックに縋りついて涙を零すロイの耳元にハボックは言葉を吹き込んだ。
「代わりにオレが抱いてあげますよ…中佐にヤッて欲しかったことシテあげます…」
 ハボックの言葉が毒のようにロイの心に染み込み、ゆっくりと広がっていった。


→ 後編