mission3  中編



 一方、その頃ハボックは忍び込んだ部屋の壁に埋め込まれた金庫の暗証番号を探していた。建物入った時に使った機械をパネルにつなぎ、数字を打ち込んでいく。さっきこの部屋に入る前にガードマンが通り過ぎた。と言う事は、次の巡回が来るまで10分強だ。その間に番号を探し当て、なおかつ金庫に収められたブローチからチップを取り出さなければならない。
「こういうの好きじゃないんだよなぁ。これ位ならドンパチやってる中、走り抜ける方がよっぽど面白いのに…」
 ハボックはぶつぶつとぼやきながら、だが手の方は休むことなく動いている。やがて小さなカチリという音がすると、ハボックはホッと息を吐いた。コードを引き抜き機械をポケットに収めると、金庫の扉に手をかけた。開けようとして眉をひそめると足首に留めたナイフを引き抜いて扉の隙間に差し込み、金庫の淵にあったボタンをナイフで押さえたまま扉を開いた。片手でナイフを押さえたままポケットから取り出したテープでボタンが飛び出さないように固定する。
「うっかり扉をあけてボタンが飛び出ると警報が鳴るってわけね」
 そうして、金庫の中のブローチが入っている箱を取り出さずに蓋を開ける。ポケットから何やら小さな金属の塊を取り出すと、ブローチをそっと指で挟み、持ち上げると同時にその塊を代わりに置いた。
「よし」
 事前の情報でブローチを持ち上げて箱の重量が変わると、やはり警報がなることは判っていたのであらかじめブローチと同じ重さのダミーを用意してあったのだが、実際すり変える瞬間に警報がなるのではという危惧もあったので、ハボックは思ったよりうまくいった事に胸をなでおろしていた。
「おっと、こんなとこで安心してどうするよ」
 そう呟いてハボックは手にしたブローチの台座の隙間にナイフの切っ先をねじ込んだ。くっと捻ると簡単に外れたそこを覗き込んで、ハボックは目を見開いた。
「…ない」
 ハボックはそこに入っているはずのチップが見ていれば湧いて出てくるとでも言うように暫く見つめていたが、次の瞬間、足元や金庫の中を必死に見回した。だがどこにも目指すチップは見当たらず…。
「ウソだろ、ガセかよ」
 そう呟いてハボックはもう一度しげしげとブローチを見つめた。そして。
「これ…」
 呟いて空色の瞳を驚きに見開く。
「イミテーションの方じゃん」
 ハボックは呆然としてブローチを握り締めた。


 実際ハボックが呆然としていたのは時間にして10秒か20秒くらいだったろう。我に返ったハボックはブローチの台座をカチリとはめるとダミーとブローチを入れ替え、箱の蓋を閉める。テープを外してナイフで押さえながら金庫の扉を閉めると、ハボックは唇を噛んだ。
「ここにイミテーションがあるってことは本物は夫人がつけているってことだよな。なんでまた今日に限って…」
 そこまで考えてハボックははたと気が付いた。
「大佐か…」
 おそらくは憧れの大佐に会えるというので今日ははりきって本物を着けていったに違いない。軍人がパーティに来ているとあれば、以前のように不届き者に襲われる危険もないと踏んだのだろう。
「ちきしょー、大佐のせいかよ」
 相変わらず女性に大モテのロイにいろんな意味で面白くないものを感じながらハボックは呟いた。
「とにかく大佐と話さないと」
 その時、廊下をこちらに近づいてくる足音が聞こえ、ハボックは慌てて時計を見た。
「やべ、巡回の時間」
 とりあえず金庫の中身は戻してあるし、誰かが侵入した痕跡は残していない。
「って、オレが見つかっちゃもとも子もないでしょ」
 ハボックはそう言うとドアの影に身を潜める。ガチャリと音がして扉が開くとガードマンが部屋の中へ一歩入り、異常ないことを確認すると再び部屋を出て行った。ハボックは30秒ほどその場でじっとしたままガードマンが戻って来ないのを確かめると扉を開けて金庫室を出た。左右を確認して廊下を足音もなく進んでいく。事前に頭に入れておいたフロアの配置図を頼りにパーティ会場に当てられている一画へと進んでいった。廊下の角から顔を出すと給仕と思しき数人が出入りしているのが見える。ハボックはその中のわりと大柄な男に目をつけると、廊下の影から顔を出して声をかけた。
「ボーイさん、ちょっと…」
 声をかけられて給仕の男は眉をひそめながらハボックに近寄ってくる。
「お客さま、そちらの区画は立ち入りをご遠慮いただいて…」
「うん、知ってる」
 ハボックに呼ばれるままに廊下の角を曲がった男は黒づくめのハボックの姿に目を瞠り、次の瞬間ハボックの手刀で首筋を殴られて声もなくくず折れた。
「悪いね、かわりに働いてやるからさ」
 ハボックはそう言うと手近の部屋に男の体を引きずり込み服を脱がせた。
「くそー、何が楽しくて男の服を脱がせなきゃならないんだ」
 ぶつぶつ呟きながら剥ぎ取った給仕のユニフォームを服の上から身につけると、仕上げの蝶ネクタイをきゅっと絞めた。袖やズボンの裾を見回して若干短いのに眉を顰めたが「仕方ないか」と呟き、流石に着けるわけにはいかなかったコンバットベストを部屋の隅に隠す。銃とマガジンの替えだけをなるべく外からわからないように身に着けると、ハボックは部屋からするりと抜け出した。広い厨房に入った途端、仕切り役と思しき男が大声で話しかけてきた。
「おい!飲み物をすぐ持っていってくれ!」
 そう言われて何種類ものグラスが載ったトレイを差し出される。ハボックはそれを受け取ると、パーティが行われているフロアへと入っていった。
(大佐、大佐と…)
 きょろきょろと辺りを見回すハボックに酒を求める手が伸びて、トレイの上からグラスが減っていく。引き寄せられるように視線を向けた先にロイが大勢の女性や男どもに囲まれているのを目にして、ハボックは眉をひそめた。するりと人々の間をすり抜けてロイに近づいていくと、ふいに顔を上げたロイと目が合う。ハボックの顔を見たロイは僅かに目を見開いたが、次の瞬間にはなんでもなかったように笑みを浮かべていた。
「お飲み物はいかがですか?」
 しれっとした顔で酒を勧めるハボックのトレイからにこやかに微笑んでグラスを取り上げたロイは、殆ど唇を動かさずに言った。
「どうした?」
「本物、夫人が着けてます」
 ハボックの答えにロイは数メートル先で談笑する夫人に目をやる。
「アンタに褒めてもらいたかったみたいスよ」
不満そうに囁くハボックにロイはちっと舌を鳴らした。
「で、どうします?」
 ロイは一瞬考える仕草をしたが、目を細めるとハボックに言った。
「お前、夫人を襲え」
「やっぱり…」
 ロイの言葉にハボックはげんなりと肩を落した。だが、次の瞬間にはハボックはロイに背を向けながら
「厨房の先の小部屋です。」
 と囁いて足早に去っていった。


 ハボックの声を背に聞きながら、ロイは少し先に立つ夫人のブローチを見つめた。
(さて、どうするか…)
 ロイは手にしたグラスに口をつけて考えていたが、近くの給仕にグラスを預けると、ゆっくりと夫人に近づいていった。


 厨房に戻ったハボックは持っていたトレイをその辺に置くと、さっき給仕を押し込めた部屋へと戻り、手早く給仕服を脱ぎ捨てた。そうして隅に隠しておいたコンバットベストを身に着けると部屋の片隅に身を潜める。待つこと5分。
 部屋の扉が開いて期待に頬を染めた夫人が入ってきた。
(なんかムカつく…)
 ハボックは露骨に顔をしかめると、夫人の前にするりと滑り出た。
「ブローチをいただきに参りました」
 フェイスマスクにくぐもった声でそう告げると驚いた夫人が悲鳴をあげる前にトンとその首筋を叩いた。気を失った体をそっと床に横たえると、胸元からブローチを取り外す。台座を取り外して隠されたチップを目にすると、はあとため息をついた。
「綺麗なご婦人を前にため息をつくな」
 突然上から降ってきた声に夫人の傍らに片膝を付いていたハボックは、フェイスマスクを外して顔を上げる。面白がるような表情を浮かべるロイをハボックは睨みつけた。
「アンタね…」
「チップはあったのか?」
 言われてハボックは立ち上がるとロイにチップを差し出した。ロイはチップを受け取りながら言う。
「お前が持っていかないのか?」
「捕まりそうになってまたどっかに隠したりしたら困るでしょ」
「お前が捕まるもんか」
「過大な評価をどうも」
 なんだか不機嫌なハボックの様子にロイは眉をひそめた。
「ハボック」
「何て言って呼び出したんです?」
 すごく嬉しそうだったスよ、と言うハボックにロイはくすりと笑った。
「やきもちか?」
 言えば睨み返してくるハボックの表情にロイはゾクゾクするものを感じて、ハボックの体を引き寄せる。
「バカだな…」
「どうせバカっスよ」
 不貞腐れたように言うハボックの唇にくすくすと笑いながらロイは己のソレを重ねた。
「ん…。」
 ぴちゃりと音をたてて舌を絡ませる。お互いの口中を存分に味わってゆっくりと唇を離した二人の間を、銀色の糸が繋いだ。
「こんなつまらない任務はとっとと終わらせるに限るな」
「ほんとっスね」
 ハボックは苦笑するとロイの体を離した。
「それじゃまた後で」
 ハボックはそう言って笑うと部屋を出て行く。後に残されたロイはさっきまでハボックが触れていた唇にそっと指を這わすと瞳を閉じた。そうしてゆっくりと目を開くと、夫人を起こそうとその体を揺すったのだった。


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