| mission3 前編 |
| 「まったく、ソイツ、とんでもないヤツっスね」 ひどく憤慨してそういうハボックにロイは苦笑する。 「もう捕まると思ったんだろ。仕方ないさ」 「でも、結局取り返した情報持ち帰らずに手ぶらで帰ってきたわけでしょ」 最低っスよ、と、盗まれた情報の入ったチップを持ち帰らなかった相手をハボックは詰った。 「その上、その尻拭いだなんて。しかもまたオレだし」 「まあそう言うな。それだけ期待されてるってことだろう」 「『マスタング大佐なら何とかしてくれる』ですか?どうせオレはしがない下請けっスから」 「ハボック」 たしなめるように言うロイにハボックは唇を尖らせた。 「だって、今回はホントにそうでしょ。アンタは表からパーティに参加。オレは裏からこそこそと情報の奪還」 「仕方ないだろう。普段は夫人が肌身離さず持ってるんだから」 「パーティの時だけイミテーションだなんて、全然人間を信じてませんね」 「前に身に着けていて襲われたことがあるらしいからな」 「どうせ隠すならイミテーションの方に隠せばいいのに」 あくまで文句を言い続けるハボックにロイはいい加減呆れたため息を零す。 「いい加減にしろ。いくら言っても任務は変わらん。それならとっとと済ませるのがお前の信条だろう」 「まあそうっスけどね」 ハボックはそう答えると瞳を閉じた。ふうと息を吐いて再び目を開いた時には、その空色の瞳は全ての感情が抜け落ちて硬質のガラスのようになっていた。 「パーティは7時からだ。遅刻するなよ」 「Yes, sir!」 ハボックは敬礼を返すと司令室を飛び出して行った。 盗まれたアメストリス国軍の機密情報を収めたマイクロチップを探し当て、密かに取り返したまでは完璧だった工作員が、脱出する時にドジを踏んだ。それでも何とか国境の辺りまでは逃げてきたものの、追っ手に捕まるのではという状況に追い込まれた彼は、丁度その時バカンスに来ていたアメストリスの貿易商の別荘に忍び込むと、取り返したチップを夫人の持ち物であるブローチの中に隠したのだった。結局その後、彼は無事追手から逃げおおせたが、肝心の情報は取り戻すことができずにブローチの中にひっそりと取り残されることになったのだった。そのブローチはかなり高価なもので(実際ハボックの給料では一生かかってもその台座すら買えないほどだ)普段は夫人が肌身離さず身に着けている。ただ、パーティなどに出席するときに限って、本物は金庫に収めイミテーションを身に着けるというのだ。そのことを知ったロイ達が丁度ロイをパーティに呼びたがっているという夫人に、是非くだんのブローチを見せて欲しいと働きかけ、今回のミッションとなったのだった。ロイがパーティに出席している間に忍び込んだハボックが金庫の中の本物からチップを取り返すのだ。今回は一緒に行動することは無いとは言え、同じ現場に自分も行けるとあって、ロイはかなり上機嫌だった。しかも、今回の相手は一般人で身の危険もまずありえず、安心してハボックを送り出せる。だが、ハボックにしてみれば幾ら危険が無いとは言え、こんな割の合わないミッションはないと思うのだった。 「結局いつもオレが貧乏くじじゃん」 ハボックはパーティが行われるという10階建てのホテルの裏手に立つと呟いた。このホテルは普段から要人が使っているということもあってセキュリティはしっかりしている。このホテルの10階部分を貿易商はすべて借り上げて住居としているのだ。 「あ、大佐にドギーバッグ持たせりゃよかった」 とてもこれから万全のセキュリティに守られた場所に眠るチップを取り戻しに行くとは思えない、緊張感に欠けた言葉を呟いて、ハボックは扉に手をかけた。ポケットから何やら小型の機械を取り出すと、コードを2本引き出しオートロック式の扉の暗証ボタンを打ち込むパネルにつなぐ。ハボックがパネルの表示を見ながら機械のボタンをいくつか押すと、カチリと音がして鍵が開いた。 「おお、流石フュリーの新兵器」 感心したように呟いてハボックは機械をポケットにしまうと、扉をすかして中へ滑り込んだ。灯りを最小限に落した廊下には人影はなく、ハボックは慎重に歩を進めていく。エレベーターホールに着くと、その表示が自分のいるフロアに向かっているのを確認し、直ぐ近くの物影に身を潜めた。チンという音がして、降りてきた人物の姿を見て、ハボックは目を丸くする。 「なんだ、アレ」 降りてきた人物は白衣を着ていたが、その口元にはなにやらゴツイ金属製のマスクをつけていた。ハボックは思わずその人物を目で追ってしまい、閉まりかけたエレベーターのドアに慌ててその隙間から滑り込んだ。ハボックは扉が閉まったのを確認すると、エレベーターの天井にフック付きのワイヤーを投げ上げる。きちんと引っかかったのを確かめてハボックはワイヤーにつかまって壁に足をつきながらよじ登ると、天井の点検用の入り口を押し開けた。両手でその淵につかまって体を引き上げるとエレベーターの箱の上に立つ。ハボックが入り口の蓋を閉めた途端、エレベーターの扉が開く音がして、エレベーターが動き出した。 「お、ラッキー」 ハボックはバランスがいいように箱の上にしゃがみ込んでエレベーターが通過する階数を数えていく。 (2階…3階…) チンと遠くで音がして、エレベーターは8階で止まる。ハボックは上を見上げて舌打ちした。 (ちぇっ、もう少しなのに) このままここで待って10階まで上がるのを待とうかとハボックが思ったとき、エレベーターの扉が開く音がする。ハボックが待っているとがくんと揺れてエレベーターはゆっくりと下へと動き出した。 「げっ、冗談」 ハボックは慌てて手にしたワイヤーを上へと投げる。横に張り出した梁に数回巻きついたワイヤーに体を預けて、ハボックはエレベーターから足を離した。下を見下ろせば暗い落とし穴のような空間をエレベーターが下りていくのが見える。エレベーターが行ってしまって何もなくなった空間にぶらんとぶら下がってハボックはため息をついた。 「ここで下に下りたらバカみたいだもんなぁ」 ハボックはそう呟いて、ワイヤーをするすると登っていく。梁のところまで登って横の扉に9の字が書いてあるのを確認すると上を見上げた。梁に巻きついていたワイヤーをほどくとまた手近の梁に向かって投げ上げる。そうやって数度に分けて上に上っていくと、ハボックは10と書いてある扉の横の点検口をゆっくりと押し開けた。そっと顔を出して辺りに誰もいないことを確認して体を外へ出そうとしたハボックは、ふとエレベーターの縦穴を見上げた。 「ここ、10階建てだったよな…」 10階建てにしてはずい分上までエレベーターを上下させるワイヤーがあるような気がする。ハボックは首を傾げたがまあいいか、と自分を納得させると10階の廊下へと滑り出た。ハボックが出た途端、カツカツと誰かがやってくる足音がする。 「やべ…」 ハボックは慌ててあたりに視線を走らせるが身を隠せる場所が無い。ハボックは勢いをつけて壁に向かって走ると3歩ほど壁を駆け上がり、天井と壁の隙間に指をひっかけそのまま体を引き上げると両手両足を壁に突っ張るようにして天井へと張り付いた。その直後廊下の角を曲がって無線を腰にしたガードマンと思しき人物が姿を現した。ハボックの下をゆっくりとその男が通り過ぎていく。 (上、向くなよ…) そう思うハボックの願いが通じたのか、ガードマンは上を振り仰ぐこともなく通り過ぎていった。完全に行ってしまったのを確認するとハボックは下に飛び降りる。片膝をついたまま辺りを確認すると、ハボックは事前に教えられていた金庫のある部屋へと足早に向かった。 「マスタング大佐、ようこそいらっしゃいました」 そう言って手を差し出してくる貿易商と握手を交わして、ロイはにこやかに微笑む。 「お招きいただいてありがとうございます」 「いや、どうしてもこれが貴方に会いたいと騒ぎ立てるものでして」 貿易商はそう言うと背後の夫人を紹介した。頬を染める夫人ににっこりと微笑みかけると手を差し出す。握手を交わしながら今、初めて気が付いたというようにロイは言った。 「ああ、それが噂のブローチですね。美しい貴女によくお似合いだ」 ロイの言葉に紅い顔を更に紅く染めて夫人が上目遣いにロイを見る。その媚びるような視線にロイは内心舌を突き出したが、表面上は非常ににこやかに夫人と話し始めた。上質のタキシードを完璧に着こなしたロイに夢中で話しかける夫人にそつなく相槌を打ちながら、ロイは今頃同じフロアで情報を取り戻すべく動いているであろうハボックに想いを馳せてうっすらと微笑んだ。 |
→ 中編 |