我慢くらべ  前編



 闇に沈む部屋の中にせわしない呼吸音と濡れた音が響いている。ベッドの上では四つに這った金色の髪をした男が背後から漆黒の髪をした男に深々と貫かれ、その空色の瞳からはらはらと涙を零しながら、ともすれば崩れ落ちそうになる体を必死に支えていた。
「あっ…は…た、いさっ…オレ…っ」
「なんだ…もっとか…?」
「ちが…っ、も、ムリ…っ」
 そう言って逃げようとずり上がるハボックの体をロイは無情にもぐいと引き戻した。その動きで更に深々と貫かれる事になって、ハボックの唇から悲鳴が上がる。
「ひ…も…かんべん…し、て…っ」
「何言ってる…まだまだこれからだろ…」
「そ、んな…っ」
 そう答えた途端、思い切り深い場所を抉られて、ハボックはもう、何度目になるか判らない白濁を吐き出した。
「うああああっっ」
 達してぎゅっと締め付けるソコに、ロイも微かに呻いてハボックの中に熱を放った。体の奥を焼かれてびくびくと震えるハボックの体から一度己を引き抜くと、ロイはハボックの体を反した。もう、抵抗する気力もないハボックはぐったりとされるがままになっている。しどけなく開いた脚の間からは含みきれないロイの残漿がとろとろと溢れ出ていた。
「ハボック…」
 ロイは囁くとハボックに口付けた。ぼんやりと空色の視線を宙に彷徨わせたままロイの唇を受け止めていたハボックは、ぴくりと震えると微かにロイを押しやる。
「たいさ…も、ホントに…かんべん…」
「…そんなに私に抱かれるのがイヤか?」
「そ、じゃなく…」
「お前ときたらいつもダメだの、イヤだのばっかりじゃないか」
「だって…しごとにさしつかえて…」
 ハボックはすでに全く力の入らない体を思ってため息をついた。いくら若くて頑丈に出来ているとはいえ、やはり男を受け入れるようには出来ていない体だ。やっぱりどこかでムリがくるのを、いい加減この自分の事となると自制心がぶっ飛ぶらしい恋人に、理解してほしいと思うハボックだった。
「…わかった」
 ハボックがどうしたものかと考えていると、不意にロイがそう言って体を起こした。突然の事にハボックは目を丸くしてロイを見上げる。
「そんなに言うなら暫くお前に触れるのをやめる」
「え?」
「我慢すればいいんだろ、わかった」
突然のロイの言葉にハボックは驚いて、ただロイを見上げるしかなかった。


「え…と、メシ、まだ出来てないんスけど…」
 翌朝、ハボックが食事の支度をしているとロイが起きてきてダイニングの椅子に腰かけた。いつもなら食事の支度ができてハボックが起こしに行かない限り、自分からなんてまず起きてきやしないロイが、食事の支度も出来ない内からこうしてダイニングのテーブルについているなんてとても信じられない。
(それとも昨夜のことと何か関係があるんだろうか…)
 ハボックはそう思いながらロイをちらりと見た。結局昨夜はあの後、ロイに体を清めて貰いそのまま眠りについたのだった。おかげで今朝は多少体がだるいものの普通に起きることができた。逆にロイは体力が有り余って早く目が覚めてしまったのかもしれない。
(やっぱ昨夜、あそこでやめて正解だったんじゃん)
 ハボックは溶いた卵をフライパンに流しいれながら考える。
(オレは体が辛くないし、大佐は早起きだし。いくら若いったって限度ってものがあるよな。大体大佐、オレより5つも年上なんだし)
 ロイが聞いたら怒り出しそうなことをつらつらと考える内、手は勝手に綺麗なオムレツを焼き上げてしまう。ハボックは付け合せの野菜が載った皿にオムレツを移すとコーヒーのポットと一緒にダイニングテーブルに運んだ。
「お待ちどうさま」
 温めたパンやら野菜のスープやらと一緒にロイに薦めれば、ロイはおいしそうに食べ始める。しばらく黙って食事に専念していたが、やがてハボックは口を開くと言った。
「今日は起きてくるの、早かったっスね。ゆっくり休めました?」
「…ああ」
 ロイがそう答えて視線を上げれば自分を見つめてくる空色の視線が柔らかく解ける。ロイはいつになく穏やかな朝にたまにはこんなのもいいのだろうかと思った。昨夜ハボックにもう勘弁してほしいと言われた時は、正直またかと思った。いつだってハボックはイヤだのダメだののオンパレードだ。確かにハボックに関してはあまりにも貪欲だと自分でも思う。そう判っていても止められない。欲しくて欲しくて触れれば触れるだけ際限がなくて。
 それがハボックにとって負担になっていることも判っているし、怒らせてしまったこともある。
(少しは大人になれってことか)
 こんな風に穏やかに笑うハボックを見られるのなら多少の我慢も大切なのかも、と珍しく殊勝に考えるロイだった。


「今日は別の部屋で寝るから」
 そう告げるときょとんとする無防備な顔を、啼かせたくなる衝動をロイは大きく息を吐いて抑えた。暫く触れるのを我慢すると言った手前、昨日の今日で手を出すわけには行かない。だが、一緒の部屋で寝ていたらとても我慢する自信のないロイはせめて別の部屋で寝る、と言う手段にでるしか自分を抑える術が思いつかなかった。
「昨日約束したろう」
 言われてハボックは今思い出したとでも言うような顔をしてほんの少し淋しそうにする。そんなハボックにロイは「おやすみ」と言うとそそくさと寝室へと飛び込んだ。暫くしてハボックの部屋の扉が閉まる音がして、ロイはホッと息を吐く。
「まったく、あんな顔するな、あんな顔を」
 決心が鈍るじゃないかとロイは呟くとボスンとベッドに身を投げたのだった。


「なんか変な感じ…」
 滅多に一人で寝ることのないベッドにぽすんと腰を下ろしてハボックは呟いた。ロイが出張で不在の時などは勿論一人で眠ってはいるのだが、すぐそこにロイがいるというのにひとりで寝室にいるという状況が、どうにも落ち着かない。
「別に一緒に寝たっていいのに」
 一緒のベッドに入ったからって必ずセックスしなくてはいけないわけじゃなし、とハボックは思いながらベッドに潜り込んだ。
「寒い…」
 冷たいシーツが独り寝の淋しさを誇張する。いつもは熱く乱されてシーツの冷たさなんて感じる暇もないというのに。ハボックはため息をつくとブランケットを頭の上まで引き上げた。


「隊長っ!何してんですか、アンタ!」
軍曹にお尻をひっぱたかれてハボックはハッとした。気がつけば隊員達が怪訝そうな顔をして自分を見ている。
「あ…訓練中…」
 銃を握り締めながらぽやんと立ち尽くすハボックに軍曹はため息をついた。
「どうしたんですか、最近おかしいですよ?そんなんじゃ訓練になりゃしないどころか怪我しかねません」
 そう言われてハボックは恥ずかしさに顔を染めて「ごめん」と呟く。軍曹はもう一つため息をつくと手を振って隊員達に休憩の合図をした。そうして叱られた子犬のようにショボンと立っているハボックに歩み寄った。
「どうしたんです?体調が悪いようには見えませんが」
「あ、うん…ごめん…」
 体調はむしろ万全だ。だがどうにも調子が出ない。ちゃんと食事をして睡眠もたっぷりとって、それなのに何かが足りなくて。
 足りないものが何かなんて本当ははっきり判っている。
「オレって、自分で考えてるよりスケベなのかも…」
「はい?」
 ぼそぼそと呟いてしまった自分に聞き返してくる軍曹に、ハボックは「なんでもない」と紅い顔をして答えたのだった。


「最近仕事に精が出ますね」
 ホークアイはロイが決済した書類をチェックしながらそう言った。
「どうかされたんですか?」
 そう聞かれてロイは苦笑した。普通、真面目に仕事をしていてどうしたのだなどとは聞いてこないものだろう。
「私が真面目に仕事をしているとそんなに変かな」
 ロイがそう言うとホークアイはロイを見つめて答えた。
「仕事をサボってハボック少尉に探されるのが嫌ですか?」
 見つめてくる鳶色の瞳にロイは一瞬目を見開いたが、次の瞬間苦く笑った。
「君には敵わないな」
 そう言ってロイは書類に視線を戻す。
「別にケンカをしているわけじゃないんだ」
「ならいいのですが」
 そう言いつつも気遣うように自分を見るホークアイに、ロイはそろそろ切羽詰ってきている自分を感じていた。


「先に上がるぞ」
 食後のコーヒーを飲み干すとロイは立ち上がってハボックにそう言った。
「え、もう?」
 がちゃんとカップを置いて自分を見上げてくる青い瞳からロイは慌てて目を逸らす。リビングを出て行こうとするロイにハボックは堪らず声をかけた。
「あ、あのっ」
 怪訝そうに見つめてくる黒い瞳にハボックはなんと言っていいかわからなくなる。
「なんだ?」
 そう聞かれてハボックは慌てて首を振った。
「すんません、何でもないです…」
 俯いてそう言うハボックをロイは暫く見つめていたが、やがて「そうか」と呟くと2階に上がってしまった。


「ん…ふぅ…」
 暗闇の中で熱い吐息が零れる。くちくちと粘り気のある水音が響き、ベッドの上に横たわった体がうねった。
「は…はあ、ん…」
 ハボックは剥き出しにした下肢に手を這わせ、夢中で扱いていた。空いたもう一方の手の指をひくつく穴に埋めぐちゅぐちゅとかき回している。
「あは…はっ…んあ…」
 喉を仰け反らせ、その唇から熱い吐息と共に唾液を垂れ流している様は、昼間のハボックを知っている者にはとても想像できない姿だった。ハボックは後ろに沈めた指を焦れたように乱暴にかき回した。熱く滾った塊りで貫かれることを覚えた体には、とてもじゃないが物足りない。それでも深く指を突き入れると同時に自身をきつくすりあげれば、ハボックの中心から熱が迸った。
「んあああああっっ」
 びゅくびゅくと自分の手の中に熱を吐き出して、ハボックははあはあと荒い息を零した。濡れた手のひらを見つめてハボックは苦くため息をついた。
「なにやってんだろ、オレ…」
 ロイはすぐそこにいるのに自分で慰めているなんて。ケンカしているわけではないのだから、自分から強請ればいいのだろう。だが。ハボックの気持ちを尊重してくれたであろうロイに今更なんて言えばいいのか判らない。
「欲しい…」
 ずくんと体の奥が疼く。ロイが欲しくて欲しくてたまらなくて。ハボックは己をかき抱くと唇を噛み締めて涙を零した。


→ 後編