第八章


「なんだってそんなところで立ち話してるんだ、ここは私の執務室だぞ」
 二人の間に割って入るようにしてロイが執務室に入ってくる。部屋の主である自分を入れない気かと文句を言いながら椅子に腰を下ろして、ロイはハボックを見た。
「サインか?ハボック」
「あ、はい。これに」
 ロイに言われてハボックは手にした書類を差し出す。そうすれば背後から突き刺さるような視線を感じて、ハボックはギュッと唇を噛んだ。
「ハボック、お前、もう少し落ち着いて書類を書け。字が踊ってるぞ」
「そんな事ないっスよ、普通の字っしょ?」
「踊ってるから言ってるんだ」
 不満げに唇を突き出すハボックに、苦笑したロイがそう言いながらもサインを認め書類を返してくれる。礼を言って受け取り執務室を出て行こうとして、ハボックはジッとこちらを見ているヒューズと目があってギクリとした。それでも何でもない風を装いながら扉に手をかけた時、背後からロイの声が聞こえた。
「そういえばハボック、お前、体調は大丈夫なのか?」
「え?」
 突然そんな事を言われてハボックは狼狽える。咄嗟に答えられずにいればヒューズが口を開いた。
「珍しいな、体力自慢の少尉が体調不良か?」
「この間、演習の途中でぶっ倒れたんだよ。コイツには有り得ないって部下共が大騒ぎでな」
 低い不穏なヒューズの声に気づいているのかいないのか、ロイが心配そうに眉を寄せて答える。凍りついたように動かないハボックにロイが言った。
「休んでいれば大丈夫と言って、お前、軍医の診察も受けなかったろう?本当に大丈夫だったのか?」
 ロイが心配そうに言う間にも突き刺さるようなヒューズの視線を感じて、ハボックはヒューズの方を見ることが出来ない。ハボックは引きつった笑顔を浮かべてロイに答えた。
「大丈夫っスよ。あん時は疲れがたまってるとこに風邪ひいたりしたから……、心配かけてすんません」
 早口にそう言ってハボックは出て行こうとする。だが再びロイに引き止められて、ハボックはノブを握り締めたまま今すぐ逃げ出したい衝動を必死に堪えた。
「なん――――大佐っ?」
 気配に振り向けば立ち上がったロイがすぐ側まできている事に気づいてハボックは声を上げる。ロイの手が髪を掻き分けるようにして額に触れて、ハボックは目を見開いた。
「顔色が悪いぞ。一度ちゃんと見て貰った方がいいんじゃないか?」
「――――本当に平気っス。オレ、頑丈なのが取り柄だって大佐も知ってるっしょ?」
 急いで書類を出さなきゃだともごもごと言い訳して、ハボックは今度こそ執務室を飛び出す。バタンッと乱暴に扉を閉めヒューズの視線を遮ると、そのまま司令室の大部屋も駆け抜けた。闇雲に廊下を走り抜け角を幾つも曲がる。目に付いた小さな会議室に飛び込み中から鍵を掛けた。
「なんで中佐が……っ」
 あの日、結局なんの話もしないままヒューズはセントラルに帰ってしまった。その事がどれほどヒューズが自分に対して怒りを抱いているかを表しているように感じて、ハボックはどうしていいのか判らなかった。傷ついた躯もそのままに演習に参加したものの、散々に痛めつけられた躯はきつい訓練に耐えきれずハボックは演習の途中で倒れるという醜態を晒してしまった。寝ていれば治ると軍医の診察を頑として拒んだハボックをロイが自ら車を運転してアパートに送ってくれた。心配して留まろうとしたロイを何とか追い返し、這うようにして潜り込んだベッド中で、考えるのはヒューズの事ばかりだった。どういう経緯であれヒューズに抱かれその熱を身の内に感じて、ハボックは自分の気持ちが退っ引きならない所まで来てしまっている事に気づいてしまった。ヒューズが好きですきで堪らない。もう二度と以前のように楽しく語らう事も静かに想いを抱き締める事も出来ないなら、憎まれても蔑まれてもいいからヒューズを感じたいと思う。
「あはは……中佐の言うとおり、オレって淫乱なんだ」
 ハボックはそう呟いて薄暗い会議室の中、閉めた扉に背を預けてズルズルと座り込む。さっきもヒューズに極間近に立たれ、顎を掴まれて躯が粟立つように興奮してしまった。逃げていないと怒鳴り返しながら本当は逃げ出したくて堪らなかった。あのままヒューズの近くにいたら、縋りついて好きだと、抱いて欲しいと告げてしまいそうで、ロイが来てくれた時には心底ホッとしたのだ。
「中佐……」
 そう呼んだだけで躯の奥が熱くなる。ハボックはボトムの前を緩めて己を取り出すとゆっくりと扱き始めた。
「中佐……好き……好きっ」
 目を閉じ瞼に浮かぶ常盤色を見つめれば自然手の動きは早くなった。
「は、ン……ッ、中佐……ちゅうさァ……っ」
 溢れてくる先走りのぬめりを借りて激しく扱く。クチュクチュとイヤラシい音を響かせて己を追い上げたハボックは、やがて喉を仰け反らしビクビクと全身を震わせた。その直後に荒い息と共に青臭い匂いが部屋に広がる。
「……サイテー」
 薄暗い部屋の中、ハボックがすすり泣く声が静かに流れていった。


2012/04/29


→ 第九章