第七章


「よお、みんな元気かいっ?」
 バンッと勢いよく扉を開けて陽気な声を張り上げれば司令室の面々が苦笑する。
「ロイは?」
「もうすぐ会議から戻られます」
 中に入りながら尋ねるとホークアイが答えた。
「そ、じゃあ待たせて貰うわ」
 ヒューズは言って執務室に足を向ける。さりげなく視線を向けた席に見慣れた金髪は見当たらず、ヒューズは僅かに眉を寄せて執務室に入った。後ろ手に扉を閉め中に入るとソファーに腰を下ろす。背を預け天井を見上げて深いため息をついた。
 押さえきれない激情に流されるまま無理矢理抱いたあの日、ハボックはヒューズを責めはしなかった。
『なに泣いてんだよ』
 そう尋ねてもハボックはヒューズをじっと見つめただけで答えなかった。答えぬままヒューズの胸に泣き濡れた顔を埋めたハボックをヒューズは抱き締めるしかなく――――。
 結局その後は互いに口を開かぬまま二人は別れ、ヒューズはその足でセントラルに戻った。距離と時間をおけばこの胸の内の嵐も収まるかと期待がなかったわけではない。だがハボックの姿が見えなければ、もしかしてロイの腕の中に抱き締められているのではないかと、あの快楽に溺れた表情を見せているのではと、そんな事ばかりが頭に浮かんで矢も立てもたまらずヒューズは再びイーストシティに舞い戻っていた。
「ハボック……」
 眼鏡を外し天井を仰いだ顔を片腕で隠してヒューズは焦がれて止まない相手の名を呼ぶ。そうすればまるで答えるように執務室の扉が開いた。
「大佐、この書類にサイン――――あ」
 ろくにノックもせずに扉を開けたハボックは中にいるのがヒューズと気づいて入りかけた足を止める。「すんません」と呟きながら扉を閉めて出て行こうとするハボックを、外していた眼鏡をかけてその表情を隠したヒューズが引き止めた。
「待てよ、ハボック」
 呼び止められてハボックは半分閉めた扉の陰に立ち竦む。俯き加減に顔を背けたハボックにヒューズは言った。
「ロイならもうすぐ帰ってくるぜ。中で待ってろよ」
「や、他にもやることあるっスから」
「中に入れ、少尉」
 低く囁くように言えばハボックの体がビクリと震える。キュッと唇を噛んだハボックはひとつ瞬くとゆっくりと中に入ってきた。パタンと後ろ手に閉じた扉に背を預けて立ったハボックはヒューズの方を見ようとしない。入口から動こうとしない様子と相まって、ヒューズはハボックに拒まれていると感じた。
「元気だったか?」
(違う、聞きたいのはこんな事じゃねぇ)
 ハボックをじっと見つめたままヒューズは口を開く。そうすればピクリと震えたハボックは視線を逸らしたまま答えた。
「ええ、まあ」
 行為の後ハボックは酷くしんどそうだった。そんなハボックを置き去りにヒューズはホテルを出てしまったが、あれからハボックはどうしたのだろう。その日は平日だったから通常の業務があった筈で、ハボックは体調の悪さをどう説明したのだろうか。
(ロイには言わなかったのか?)
 あの後様子を知りたくてロイにさり気なく電話を入れてみたが変わった様子はなかった。無理矢理犯された事は黙ったまま受けた心の傷を癒やす為にロイに抱かれていたのだろうか。
(ロイに)
(またロイにあの顔を)
 あの夜のハボックの顔を思い出してヒューズは手を握り締める。ロイに抱き締められるハボックの姿が不意に目の奥に浮かんで、ヒューズは弾かれたようにソファーから立ち上がった。
「ッ?!」
 ギクリとするハボックに、ヒューズは立ち上がったままの勢いで歩み寄る。扉に背を預けたまま目を見開いて見つめてくるハボックに手を伸ばし、顎を掴もうとした。
「……ゃ」
「ッ」
 顔を背けて伸ばされた手を拒もうとするハボックに、ヒューズはムッと眉を寄せる。半ば強引に顎を掴みハボックの顔を覗き込んだ。
「なんで逃げんだよ」
 低く呻くように尋ねればハボックが緩く首を振る。
「逃げてなんかねぇっス」
「俺に嘘つくんじゃねぇ」
 顎を掴む指に力を込めてヒューズが言えばハボックがキッとヒューズを見た。
「嘘じゃない、逃げてなんかないっス!」
 睨んでくる空色をヒューズは息を飲んで見つめる。その瞳が己を責めているように思えてヒューズはギリと歯を鳴らした。
「お前……」
 息がかかるほどの距離で二人は見つめ合う。張り詰めた空気がその緊張感に耐えきれず弾けそうになった時、執務室の扉が開いた。
「……っと、なにやってるんだ、そんなところにいたら開かないじゃないか」
「大佐」
 内開きの扉のすぐ側に二人がいたせいで扉を開けられずにロイが文句を言う。入れるように脇にどきながら、ヒューズはホッとしたようにロイを見るハボックを昏い瞳で見つめていた。


2012/04/23


→ 第八章