第十二章


「じゃあ、セントラルに戻るわ」
「なるべく早く返せよ」
 小さなボストンに替えの軍服と当座必要なものを詰めたハボックが用意が出来たと告げに戻れば、ロイの執務室で待っていたヒューズがニヤリと笑って言う。それに笑みの欠片も見せずに答えるロイに、ヒューズは目を細めて言った。
「気が向いたらな」
「おい」
 ヒューズの言葉にロイは乱暴な仕草で立ち上がる。だが、常盤色の瞳で見つめられて、それ以上は言わずにロイはため息をついてハボックを見た。
「お前が不在の間はブレダ少尉にお前の小隊も兼務して貰う。実質は軍曹が見ることになるだろう。それと、私の護衛は中尉に頼んだ」
「大佐……」
「さっさと済ませて帰ってこい」
「はい、大佐」
 明らかにどれもハボックがいない間の暫定的な措置と判る。そう聞いてホッとしたように笑うハボックの横顔をヒューズは昏い瞳で見つめた。
「中尉を困らせないで下さいね」
「どういう意味だ、それは」
 ハボックの言葉にロイは顔をしかめる。ハボックの側に歩み寄ると金色の頭に手を伸ばした。
「心配ならさっさと済ませてこい。ある程度見通しがついたら戻ってきていいから」
 ロイはそう言ってハボックの金髪をくしゃりと掻き混ぜる。そうされたハボックが嬉しそうに目を細めるのを見て、ヒューズはギリと歯を食いしばった。
「そいつは聞き捨てならないな、ロイ。来るからにはしっかり働いて貰わんと」
「こっちの仕事を中断して手伝いに行かせるんだ、目途がついたら返すのが筋だろう?事件が起きたら即刻戻らせるからな」
「焔の錬金術師さまだろ?部下の手なんていらないんじゃないか?燃やすと脅せばテロリスト共だってすぐに降参するさ」
「ヒューズ」
 肩を竦めて言うヒューズをロイが睨む。ほんの一瞬互いに相手を射殺しかねない目つきで睨みあったが、すぐにヒューズがいつもの笑みを浮かべて言った。
「冗談だよ、ロイ。そんな怖い顔しなさんなって」
 ヒューズはそう言ってハボックを見る。
「行くぞ、少尉」
「……はい」
 小さな声で答えたハボックが一瞬縋るような視線をロイに向けるのを見れば、ヒューズはハボックの二の腕を乱暴に掴んだ。
「急げ、列車に遅れる」
「ちょ……っ、中佐!」
「ハボック」
 半ば引きずられるようにして執務室から連れ出されるハボックにロイの声が飛ぶ。肩越しに振り向いたハボックの視線を遮るように、ヒューズはロイとの間の扉を閉めた。
「大――――」
「さっさとしろ、列車に遅れると言ってんだろうが」
 グイグイとハボックの腕を引いてヒューズは言う。いつまでも執務室の扉から視線を戻そうとしないハボックを見れば、ヒューズの胸に嫉妬の焔が燃え上がった。
(そんなにロイと離れるのが嫌か?)
(そんなに)
 昏い焔に煽られるようにハボックの腕を掴む手に力が入る。力任せに腕を掴まれたまま引きずられるように歩かされて、ハボックが顔を歪めた。
「痛いっス!急ぎますから、手、離してっ」
「やっぱり行かないとか言われたら困るんでな」
「そんな事言わないっス!」
 低い声で言えば即座に返る答えにヒューズはハボックを見る。見開いた空色の瞳で見つめられて、ヒューズは漸く手を離した。
「急げ」
「……イェッサー」
 答えてついてくるハボックの気配を感じながら、ヒューズは一刻も早くイーストシティを離れようと逃げるように司令部を後にした。


2012/12/05


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