第十一章


「ハボック」
 呼べば明らかにギクリとした様子でハボックが振り向く。見開いた空色が困惑と怯えの色を浮かべているのを見つけて、ヒューズは唇を歪めた。
(ロイの側を離れるのが)
(俺のところに来るのが)
(そんなに嫌かよ)
 期限未定で出張と聞いて、泣きそうな顔でロイに食ってかかっていた。何度も理由を聞いてロイに翻意を促そうとするのをみれば、ロイの側を離れたくないと訴えているように思えて、ヒューズはギリと歯を食いしばった。
「すぐ出るぞ。さっさと用意しろ」
「無理言わないで下さいッ」
 言えば間髪をおかずに返ってくる答えにヒューズはムッと眉をしかめる。怒りを露わにしたその表情に、ハボックは一瞬怯みながらも言った。
「そんないきなり期限も判らず出張なんて行ける訳ねぇっしょ!護衛の仕事だってあるし、小隊預かってもいるんスよッ」
「だが、ロイは行けと言ったろう?」
 そう言われてハボックがグッと詰まるのを見て、ヒューズは畳みかけるように続けた。
「俺がすぐ出ると言っても何も言わなかった。つまりは護衛にも小隊にもお前は必要ないって事じゃないのか?」
 殊更意地悪く言えばハボックが顔を歪める。何も言えなくなって唇を噛むハボックをじっと見つめてヒューズはもう一度繰り返した。
「すぐ出るぞ。軍服の予備くらいロッカーにあるだろう?足りないものは向こうで調達したらいい。さっさと用意しろ、ハボック少尉」
「……アイ・サー」
 階級を強調すればピクリと震えたハボックが呟くように答える。のろのろと背を向け執務室から出て行こうとするハボックに、ヒューズは手を伸ばした。
「ッ?!」
 二の腕を掴んでグイと引けば、ハボックがギョッとして振り向く。大きく見開いた空色を見たヒューズの唇から本人すら思いもしない言葉が零れた。
「覚悟がないなら来るな。俺と来ればどうなるか、判ってんだろう?」
 そう言えばハボックの唇が何か言いたげに震える。だが、結局何も言わずに執務室を出て行った。
「……何を言ってるんだ、俺は。命令に背くなんてハボックに出来ないのは判ってんだろうが」
 ハボックがヒューズに同行するのはロイの命令だからだ。行きたくないと駄々をこねる事など軍人として赦されない。
「とんでもない下衆だな」
 ククッと低く自嘲して、ヒューズはハボックが出て行った扉を食い入るように見つめた。


 執務室を出たハボックは大部屋を通り抜け廊下へと出る。真っ直ぐ前を見据えて歩いてはいたものの、正直何処に向かって歩いているのか判っていなかった。
「そうだ、軍曹に話しなきゃ……」
 漸く何をしなければいけないのか思い至ってハボックは呟く。小隊の詰め所に行き扉を開ければ、中にいた部下達が一斉にハボックを見た。
「隊長?」
 中から小柄な軍曹が立ち上がって寄ってくる。ハボックは頭一つ半低い年上の部下をじっと見下ろしたが、ぼそりと低く言った。
「暫く空けるから」
「え?」
「セントラルに行ってくる。いつ戻んのかは判んねぇ」
 ハボックがそう言えば一瞬静まり返った詰め所が次の瞬間大騒ぎになる。当然の如く“何故?”だの“小隊はどうなるんだ”だのという声が飛び交う中、軍曹はハボックを詰め所の外に押し出した。
「隊長、一体どういうことです?」
「ヒューズ中佐んとこの助っ人だってさ」
「ヒューズ中佐の?マスタング大佐は了承されてるんで?」
 そう聞けばハボックの顔が泣きそうに歪む。
「軍曹、オレ、どうしたらいいのか判んないよ……」
「隊長?」
 ハボックの瞳に浮かぶ怯えが一体何に対してのものなのか、軍曹にはまるで判らずただ苦しげなその顔を見つめるしかなかった。


2012/07/17


→ 第十二章