Blackcurrant encounter


 マシュマロが固まる迄の間、オレたちは厨房の片隅に出したスツールに腰掛けてお茶をすることにした。
「カヌレ、好き?」
「はい!え、食べていいんスか?」
「勿論」
 オレは答えて紅茶と一緒にジャンの前にカヌレを置いてやる。いただきます、と手を合わせて、ジャンはカヌレをそっと齧った。
「────おいしいっ」
 空色の瞳をまん丸に見開いて、ジャンは手にしたカヌレを見つめる。
「今まで食べたカヌレと全然違うっス。外側がカリカリで香ばしいのに内側はすんごいもっちりって感じ。カスタードっぽくて柔らかくて……すんごい好きかも!」
「ふふ、ありがとう」
 自分が作ったものを旨いと言って食べて貰えるのはやっぱり嬉しい。美味しそうに食べてくれるジャンをニコニコと笑って見ていれば、側からマスタングさんが言った。
「私だっていっつも美味しいって食べてるぞ」
「あー、はいはい。そうっスね、ありがとうございます」
 子供相手になにを張り合ってるんだか。ため息混じりに言えば、マスタングさんがオレの耳元に顔を寄せた。
「そんな態度をとるとまたキスするぞ。もっと濃厚なヤツ」
「な……ッ、アンタねぇ……ッッ!!」
 言葉と共にフッと耳の中に息を吹き込まれて、オレは真っ赤な顔で怒鳴る。耳を押さえて顔を紅くするオレをジャンがきょとんとして見上げた。
「いい加減にしないと店に出入り禁止にするっスよ」
 思いっ切り睨んで言えば、マスタングさんが体を離して両手を上げる。まったくもうと息を吐いて顔を上げればジャンと目があって、オレは慌てて笑みを浮かべた。
「そ、そろそろマシュマロ見てみようか」
「はいっ」
 ニコッと笑ってジャンは立ち上がる。カヌレを包んでいたビニールをゴミ箱に捨て、手を洗ってマシュマロが並んだバットの前に立った。
「うん、固まってきたみたいだな。それじゃバットを軽く揺すってコーンスターチを塗すんだ」
「バットを揺すって……」
 ジャンはバットに手をかけ軽く揺する。なかなか上手くコーンスターチがかからないのを見て、オレは手を添えてバットを揺するのを手伝ってやった。
「よし、そうしたらあとはそっと取り出してごらん」
「……うん」
 ジャンは頷いてコーンスターチが塗ったマシュマロをそっと掬い上げるようにして取り出す。オレは手を伸ばしてマシュマロに沢山ついている粉を払った。
「はい、出来上がり」
 そういうオレを空色の瞳が見上げる。頷いて見せればジャンが手の上のマシュマロをじっと見つめた。
「────できた」
「上出来だ」
「これならあげても大丈夫?」
「きっと喜んでくれるよ」
 笑ってそう答えると、ジャンが「やったーっ」とぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ほら、残りも出して粉はたかないと」
「あ、そっか」
 ジャンは手にしたマシュマロを新しいバットに置いて、残りのマシュマロを掬い上げては粉をはたく。ドーム型の可愛いマシュマロが並んでいるのを見て、ジャンは拳を握り締めた。
「できたーッ、よかったーッ」
「おつかれさま、ジャン。ほら、これに入れて持っていくといいよ」
 オレはプラスチックのカップを取り出して言う。いいの?と尋ねてくるのに頷けば、ジャンは一粒ずつ丁寧にマシュマロをカップに詰めた。それを包装用のビニール袋に入れて空色のリボンで口を結ぶ。ジャンはできあがったマシュマロを目の高さに掲げた。
「すっごい、売り物みたい!」
「中のジャムも美味しいし、本当に売り物にできるかもな」
「わー、ハボックさんってば、それは褒めすぎっス」
 ジャンは笑って、でも嬉しそうに言う。マシュマロのカップを置くと、バットや鍋や、紅茶を飲んだカップまで綺麗に洗ってくれた。
「マシュマロ作り、すっごい楽しかったっス」
「結構簡単だったろう?」
「うん、思ってたのと全然違った。これなら家でも作れるかも」
「ポイントはゼラチンを溶かすときに絶対沸騰させないことかな。これさえしっかり気をつければ作れるよ。今度は先輩と作ってごらん」
「はいっ」
 オレの言葉にジャンが嬉しそうに頷く。先輩の事を出せば本当に嬉しそうなジャンの様子に、オレは俄に興味を駆られて尋ねた。
「先輩っていうのは学校の?」
「あ……うん。学園の大学に通ってるんス」
「大学生?」
 てっきり一つ二つ年上の子かと思っていた。大学生と中学生で接点があるものなのかと思っているとジャンが言った。
「あのね、オレが自転車乗っててコケた時、助けてくれたんス。怪我の手当してくれて、外れた自転車のチェーン直してくれて……優しくてカッコよくてすっごいドキドキした」
 その時の事を思い出したのか、ジャンはほんのり顔を赤らめる。可愛いなぁと思いながら見ているとマスタングさんがジャンの髪をわしゃわしゃと掻き混ぜた。
「もう一人のジャン・ハボックの好きな相手なら私ほどではないがカッコいいんだろう。マシュマロ、喜んでくれるといいな」
「あ……はいっ」
 一瞬見開いた空色の瞳を、ジャンは嬉しそうに細める。エプロンを外しマシュマロと一緒にデイバッグにしまってオレを見た。
「今日は本当にありがとうございましたっ」
「どういたしまして。ケーキ作りに興味があったらまた教えてあげるよ」
「ホントっ?じゃあ今度はカヌレの作り方教えて欲しいっス!……あ、オレには難しいかな?」
「ジャンならきっと出来るよ」
 小首を傾げるジャンにオレは答える。デイバッグを背負ったジャンはオレとマスタングさんを順繰りに見た。
「ハボックさん、今日マシュマロを教えてくれたお礼にいいこと教えてあげるっス」
 ジャンはそう言うとオレの耳元に唇を寄せる。一体なんだろうと耳を澄ませるオレにジャンが囁いた。
「あのね、オレの先輩の名前もロイ・マスタングって言うんスよ?ウソみたいっしょ」
「────え?」
「きっと世界中のジャン・ハボックはロイ・マスタングを好きになるんだ。凄いっスよね」
 信じられないような事実に目を瞠るオレにジャンはにっこりと笑う。
「それじゃあ、今度はケーキ買いにくるっスね!さよなら、マスタングさん!」
「ああ、お前の先輩によろしくな」
 ジャンは元気に言って店を出ていこうとする。驚きに言葉をなくしていたオレは、ハッとしてジャンを呼び止めた。
「ありがとう、ジャン!今度は先輩も連れておいで!」
「はいっ」
 頷いたジャンは手を振って今度こそ店を出ていく。その背を見送っているとマスタングさんの声が聞こえた。
「いいことってなんだったんだ?」
 振り向けば黒曜石の瞳が見つめてくる。その瞳をじっと見返したオレはニッと笑った。
「ナイショ」
「えっ?なんでだッ?」
「そうだなぁ、マスタングさんがオレのためにマシュマロ作ってくれたら教えてあげてもいいっス」
「そんなッ!教えろ、ハボック!」
 教えろと詰め寄ってくるマスタングさんにオレは笑うだけで答えない。だってこんな素敵な事、簡単に教えてしまったら勿体ないじゃないか。
「────マシュマロ、作ったら教えてくれるのか……?」
 上手くいけばマスタングさん手作りのマシュマロも食べられるかもしれない。
「作ってみます?見てたから作れるっしょ?」
 そう言いながらカウンターに視線を向ければ、ジャンのカシスジャムの瓶が陽の光を弾いて紫色に輝いていた。


2016/03/13


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バレンタインにロイハボネタを投下頂いたはたかぜさまから「黒スグリ姫とお菓子屋さんを会わせたい!」とリクエストを頂きました。同じ名前の二人がどういう関係なのか、どう関わるかは、すべておまかせでオッケーという事でしたので、「同姓同名の赤の他人」という設定で(笑)どっちも「ハボック」でどう書き分けようかと悩んだ結果、大きいハボックの一人称といたしました。結局ハボックは姫ハボの事を「ジャン」って呼んでるんですけどね(苦笑)マシュマロの作り方、一応検索したのですが、ジャムの入れ方はちょっといい加減……。まあその辺は大目に見てやってくださいませ。それにしてもこのロイの職業はなんなんでしょう。これは現パロなので軍人ではないはずなのですが……やっぱり大学教授とかかなぁ。しょっちゅう「本日休講」の張り紙が出ていそう(笑)ともあれ、二人のハボックを会わせてるのがとっても楽しくてたまりませんでしたvこの楽しさを少しでもお届け出来ていたら嬉しいです。はたかぜさま、楽しいネタをありがとうございましたvv