Jealousy cookies


「これが大佐の分。それから中佐と中尉と……」
 ハボックは焼き上げたクッキーを一つ一つ透明な袋に分けながら呟く。袋の口をそれぞれ色の違うリボンでキュッと締めて満足げな笑みを浮かべた。
「よし、これでオッケー。明日は中佐もこっちに来るっていうし丁度よかったな。こんな時でもないとなかなかお礼出来ないし」
 フフフと笑みを零してハボックは綺麗に袋に詰めたクッキーをまとめて紙袋に入れる。明日はホワイトデー。ハボックは日頃の感謝を込めて焼いたクッキーをみんなに配る時の事を考えて、うきうきしながら眠りについた。


「うーん、もっと大きなのにすべきだったかな」
 執務室の机に肘を突いてロイは呟く。机の上には書類ではなくイーストシティでも人気のスイーツショップの包み紙に包まれたクッキーの箱が置いてあった。
「バレンタインには手作りのチョコを貰ったしな……、やはりもっと大きいのにすればよかった」
 そう呟けば一ヶ月前のバレンタインの時の事が思い浮かぶ。真っ赤になりながらも手作りのチョコを贈ってくれたハボックの顔が浮かんで、ロイは顔を弛めた。
「あの時のハボックは可愛かった……ッ」
 チョコと一緒に味わったハボックの味を思い出せば涎が零れそうになる。その時、コンコンとノックの音がして、ロイは慌てて零れかけた涎を手の甲で拭った。
「失礼します、大佐」
「ハボックっ」
 扉が開いてハボックの顔が覗けば、ロイはパッと顔を輝かせる。机の上の包みを引っ掴んで差しだそうとするロイにハボックが言った。
「大佐、これ。ちょっとだけっスけど焼いたんでよかったら食べてください」
 そう言ってハボックはリボンで結ばれた小さな包みを差し出す。ハート型のクッキーが入った袋を見て、ロイは目を瞠った。
「私に?だが今日はホワイトデーだぞ」
 ハボックからはバレンタインにチョコを貰ったのだから今度は自分がホワイトデーにお返しすべきだろうと言うロイにハボックが言った。
「あ、これは日頃お世話になってる感謝の気持ちっスから。みんなにもあげるから大佐にも……。いつもありがとうございます、大佐」
 にっこりと笑って言うハボックからロイはクッキーの袋を受け取る。それじゃあ、とハボックが執務室を出ていくのを無言で見送ったロイは手渡されたクッキーに視線を移した。
「────みんなにも?」
 ロイはハボックが言った言葉の中で引っかかった言葉を呟く。唇に乗せた言葉が脳味噌に到達した時、ロイはクワッと目を見開いた。
「みんなにも、だとッ?!私のハボックの手作りクッキーを他の奴らが食べるなんて……ッッ!」
 ワナワナと震えてロイは拳を握り締める。
「ゆ、ゆ、ゆ、赦さーーーーんッッ!!」
 大声で叫んでロイは執務室を飛び出した。


 バンッともの凄い勢いで開いた扉から飛び出してきたロイに、司令室の大部屋にいた部下たちが驚いて目を向ける。ぐるりと部屋の中を見回したロイは、ブレダがハート型のクッキーを手にしているのを見てドカドカと靴音も荒く近づいた。
「な、なにか?大佐?」
 怒りのオーラを燃え上がらせるロイをブレダは目を丸くして見上げる。特にロイを怒らせるような事をした覚えはなく、首を傾げるブレダの耳に地を這うようなロイの低い声が聞こえた。
「ブレダ少尉、君が食べているのはもしかしてハボックの手作りクッキーかね?」
「え?ええ、そうですけど」
 それが一体何だと言うのだろう。ブレダは不思議そうにロイを見ながら手にしたクッキーを口に運ぶ。開いた口にクッキーをポンと放り込んだ瞬間、ロイが「ギャーッ!!」と叫んで飛び上がるのを見たブレダは、クッキーを喉に詰まらせてゴホゴホと咳込んだ。
「な、なんなんですか、大佐っ」
 ゲホゲホ言いながらブレダは机に置かれたコーヒーのカップに手を伸ばす。ゴクリとコーヒーで喉に詰まったクッキーを流し込んだブレダは、ロイが凄い目つきで自分を睨んでいることに気づいた。
「あ、あの……俺、何かしましたか?」
 訳が判らずおずおずと尋ねるブレダにロイがズイと顔を寄せる。間近から睨んでくる黒曜石に顔を引き攣らせるブレダにロイが言った。
「ハボックの手作りクッキーを食べるなんて、赦されると思っているのかね……?」
「えっ?いやでも、これ、アイツが日頃の感謝の気持ちってくれたんですよっ?」
「それでもッ、そこは断るのが常識だろうッ!ハボックには私という恋人がいるんだッ!だったら“このクッキーは大佐にあげろよ。俺は貰うわけにはいかないよ”とかなんとか言ったらどうなんだッ!」
「ええッ?そんなこと言われてもッ!」
 クッキーをくれたのは大佐が言うところの大佐の恋人であるハボック自身だ。自分が責められるのはおかしいだろうと思ったブレダは、ロイがポケットから発火布を取り出すのを見て残っていたクッキーをロイに差し出した。
「すんませんでしたッ!!考えが足りませんでしたッッ!!」
「────判ればいい」
 ロイは差し出されたクッキーの袋を取り上げて言う。じろりと視線を向ければ、ファルマンとフュリーが慌ててクッキーの袋をロイに差し出した。
「これからは気をつけるように」
 フンと鼻を鳴らしてロイは差し出された袋を回収してポケットに入れる。それからロイは司令室の大部屋から廊下へと出た。
「この調子だと絶対アイツらにもクッキーが行ってるな……」
 苦々しく呟いてロイはハボック小隊の詰め所になっている部屋に足を向ける。目を吊り上げドスドスと足音も荒くロイに恐れをなして、行き交う軍人たちが道をあけた。


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