| Black currant Cinderella |
| 「あっ、マスタング先輩だ!」 そう言って袖を引く級友のルイスの声にハボックはゆっくりと振り向く。そうすれば親友のヒューズと談笑しながら歩くロイの姿が目に入った。 「やっぱカッコイイよなぁ、マスタング先輩!」 「うん……」 興奮した様子で言う級友の言葉にハボックは頷く。本当はルイス言うより早くハボックはロイの存在に気づいていた。何故なら彼には他の人間にはないオーラがあったからだ。焔のように輝くそのオーラは遠くからでもはっきりと感じられた。好きな相手ともなればより一層強く。 ハボックは笑みを浮かべるロイの端正な横顔を見つめてそっとため息を漏らした。 ここは私立アメストリス学園。小学校から大学まで続く名門校だ。今年十五になるハボックはこの学園の中等部に通っている。勉強よりは体を動かす方が好きで、スポーツなら大抵の競技は人並み以上にこなす実力の持ち主だ。人懐こく明るい性格は男女を問わず人気があったが、本人はまだ色恋よりも友達とスポーツをしたりゲームをする方が楽しかった。 そんなハボックがロイに会ったのは一月末のまだ寒い頃だった。自転車で出かけていたハボックは飛び出してきた猫をよけようとして自転車ごとこけてしまった。足を擦りむき自転車のチェーンは外れ、痛みとショックでうずくまっていたハボックに声をかけてくれたのがロイだっのだ。ロイはハボックの傷を手当てしてくれただけでなく、手が汚れるのも構わずチェーンを直してくれた。そして最後にハボックの頭をくしゃりと掻き混ぜて言った。 「猫をよけて自分が怪我するなんて、馬鹿だが最高に優しい馬鹿だな」 そう言いながら優しく笑う黒曜石にハボックは心臓が飛び出そうな程ドキドキして、まともにお礼も言えなかった。家に帰っても食事をしても寝ても起きても勉強しても遊んでも、何をしても治まらないドキドキが恋だと気づいたのは何日も経ってからの事だった。 「そう言えばこの間のバレンタイン、マスタング先輩、ダンボール箱に三箱もチョコレート貰ったんだって!」 「へぇ、そうなんだ」 ロイが見えなくなってからもルイスはロイの話を続ける。あまり気のない返事をしながらも、ハボックは内心落ち込んでいた。 (三箱……そうだよな、マスタング先輩だもん) 実は、今年のバレンタイン、ハボックはロイにこっそりチョコレートを贈っていた。勿論チョコレートを贈ったところで見込みがないのは十二分に判っていたから名前もイニシャルしかつけなかった。それでもほんの少しでも気持ちが届けと、母と一緒に作ったお手製の黒スグリのジャムを入れて心を込めて作ったのだ。そのチョコが段ボール箱の中で他の誰かから贈られてきたチョコと一緒くたになって潰されているのかと思えば、幾ら叶わぬ恋と判っていてもやはりちょっぴり悲しくなった。 「先輩、ホワイトデーにお返しとかするのかなぁ」 そんなハボックの気持ちには全く気づかずルイスが言う。 「ホワイトデーにお返しって……それ、本命ってことじゃねぇの?」 「そうだよ!だからマスタング先輩の本命、いるのかなって。もしいたらすんごい美人だよね、きっと。ねぇねぇ、どんな人だと思う?」 ウキウキとした調子で聞いてくるルイスに適当に相槌を打ちながら、ハボックは出来ることならロイが誰にもお返ししないでくれたらいいと思った。 → next |