Crush! 


「マスタング大佐、これ、お探しの資料です」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
 司令室へ向かう途中、背後からかけられた声に立ち止まれば総務部の女性が駆け寄ってきてロイに資料を差し出す。総務部でもとびきりの美人と評判の女性がロイににっこりと微笑まれて頬を染めるのを、ハボックは複雑な気持ちで見つめていた。
「またなにかお手伝い出来ることがありましたら何でも仰ってくださいね」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
 うっとりとロイを見つめて言う女性にロイが笑みを浮かべて答える。軽く手を挙げて歩き出すロイに付き従って歩き出して、ハボックは言った。
「今の、美人だってすげえ評判のコっスね」
「そうなのか?確かに美人だったな」
「彼女、きっと大佐に気があるっスよ。流石大佐、モテるっスね」
「そうでもないさ」
 肩を竦めてそう言うロイの横顔をハボックは盗み見る。ロイに気づかれないよう、ハボックはそっとため息をついた。
(そうでもあるよ)
 若く実力もありその上男前と、アメストリスの神様に愛されて何物をも与えられている男は本当によくモテる。それこそ彼を目にした人は全てロイに惚れるのではないかと思うほどだ。そしてハボック自身、己の上官であるロイに恋心を抱いていた。
(どうせオレなんて眼中にもないだろうけど)
 部下としてならともかく、恋愛対象になど見てもらえる筈もないとハボックは思う。そもそも同性である上に彼よりも上背のあるゴツイ男だ。そんな自分がこんな気持ちを抱いているなどロイは夢にも思うまい。
(でも好きなんだもん)
 ロイの側で一日を過ごす度ロイへの気持ちが強くなっていく。それが絶対に叶わない片恋だと判っていても。
(好き。大佐、大好き)
 ハボックは胸の内に燃え盛る想いを抱えながらそっとロイを見つめていた。


「ね?隊長、今度みんなで出かけましょうよ」
 廊下を歩いていたロイは、聞こえた声に足を止める。すぐ近くの休憩所をそっと覗けば、小隊の部下に囲まれたハボックの姿があった。
「うーん、そうだなぁ。どうしようかな」
「いいじゃないですか。ここのところ事件もないし」
「そうそう、たまには息抜きも必要ですよ」
 そのやりとりから察するに、どうやらハボックを誘ってどこかへ行こうとしているらしい。部下の一人がハボックの腕を掴んで「行きましょう!」としつこく繰り返すのを見て、ロイは不愉快そうに顔をしかめた。
 ハボックはその明るく屈託のない性格で男女を問わずよくモテる。本人はその自覚がないようだが、ハボックの笑顔は太陽のように明るくて側にいる人を引きつけずにはいられないのだ。かく言うロイもハボックに惹かれている一人だった。ハボックがロイの元に配属されたその時から、太陽のような笑顔と屈託のない性格に惹かれていた。男なんて絶対にごめんだと思っていたのが嘘のように、ロイはハボックが欲しくて堪らなかった。だが。
「ボイン大好きっス!」
 ハボックがそう公言するのを聞けばとても自分に可能性があるとは思えない。ハボックが彼好みの可愛らしく胸の大きな女性と話すのを見る度、ロイの心は嫉妬の焔でジリジリと焼かれる。いっそその焔を錬成の焔に変えて、相手の女性を燃やしてしまいたいと思うほどにロイはハボックが好きだった。そんなことをしたところで、ハボックが自分に振り向いてくれる可能性など皆無だと判っていても。
(好きなんだ、ハボック……)
 ロイは己の二つ名である焔を胸の内に宿して、明るく笑うハボックをじっと見つめていた。


 そんな風に互いが互いを想いながら口には出来ずに日々が過ぎていく。気がつけば街のあちこちにバレンタインのハートを象ったディスプレイが掲げられ、意中の相手に愛を伝えようと騒ぎ立てる季節になっていた。
(バレンタインデーか……)
 視察の名目で街を歩きながらロイは思う。今年もハボックは自分以外の誰かからチョコを貰うのだろうか。そう考えればいつになく激しくハボックへの想いが燃え上がる。もし────もしこの熱く燃える想いを打ち明けたならハボックはどうするのだろう。上官の告白を無碍にすることも出来ず、困った顔をするだろうか。ロイはそんなことを考えながら己に付き従うハボックをこっそりと盗み見た。


 視察で街中を歩くロイに付き従って歩きながらハボックは注意深く辺りを見回す。そうすればあちこちに飾られたバレンタインのディスプレイが目に飛び込んできて、いつもは明るく輝く空色の瞳を曇らせた。
(バレンタインデーか……。大佐、今年もいっぱいチョコ貰うんだろうな)
 これまでは貰ったチョコの中からたった一つを選ぶことはしてこなかったロイだが、今年も同じだと誰が言えるだろう。ロイが誰か一人を特別な人と選んだらと思うと胸がキリキリと痛む。もし────もしこの痛いほどの想いを打ち明けたならロイはどうするだろう。男の自分の告白など気持ち悪いとその秀麗な顔を嫌悪に歪めるだろうか。ハボックはそんなことを考えながら半歩前を行くロイの横顔を盗み見た。


 彼のことが好きで。
 誰よりも誰よりも大好きで。
 他の誰かのものになるなんて事、絶対にぜったいに赦せない。
 叶う事のない片恋だと判っていても。
 それでももう、この熱く燃える想いを胸の内にしまっておくことなど出来なくて。
(ハボックに)
(大佐に)
((この想いを伝えたい))
 二人は燃え盛る想いをそっとそっと抱き締めて思った。


(いよいよ今日だ)
 ハボックは壁のカレンダーを見て思う。棚の中から綺麗にラッピングされたチョコレートを出して、ハボックは唇を噛み締めた。
 他の誰かのものになるのを黙ってみているくらいなら、当たって砕けろの気持ちでロイにチョコを贈ることを決めた。女の子たちに混じって一生懸命選んで買ったチョコレートをハボックはじっと見つめる。
(きっと夜にはオレの想い諸共粉々になっちゃうんだろうな)
 実るはずのない一方通行の恋。それでももう押さえ込むには不可能なほどに大きく育ってしまったから。
(よし)
 ハボックは手にしたチョコレートにそっとキスを落とすとアパートを出た。


(ついにこの日が来たか)
 ロイは手帳のカレンダーを見て思う。机の引き出しから可愛らしいチョコレートの包みを取り出してじっと見つめた。
 ハボックが自分以外の誰かにあの太陽の笑顔を向ける事にもうこれ以上耐えられなくてチョコを贈る事を決めた。たとえフラレても上官の権限で側に置くことは出来るだろう。そんな醜い考えを抱いてしまうのは、自分でも叶う可能性など皆無だと判っているからだとロイは苦く笑った。
(今夜にはもう上官に対しての敬意すら抱いてもらえなくなるんだろうが)
 今の関係を壊してでも打ち明けずにはいられない。もう押さえ込むには恋の焔は大きくなり過ぎてしまったから。
(さあ、行くぞ)
 ロイはチョコレートの包みを手に取るともう振り返ることなく司令部へと向かった。



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