Cig, Ciggy, Cigaret


 会議を終えてロイはホークアイに急かされるまま次の会食の場所へ行くために、司令部への玄関に回る。ホークアイが車をつけるの待っていると、バタバタと足音がしてハボックが出てきた。
「あ、大佐。会食っスか?」
「ああ。お前もメシか?」
 そう尋ねるロイにハボックが笑う。
「よく行く定食屋のウェイトレスの子、チョコくれそうな雰囲気だったから」
「わざわざ自分から貰いに行くのか?」
「だってその気があるなら機会を逸しちゃ勿体ないっしょ」
 だから、と笑ってハボックは司令部を飛び出していく。門を抜けたその姿が見えなくなってもじっと視線を向けていたロイは、短いクラクションの音に我に返った。
「大佐」
「すまん、考えごとをしていた」
 車のドアを開けてくれていたホークアイにそう言って、ロイは車に乗り込む。運転席に回ってハンドルを握るホークアイにロイは言った。
「すまんがアーリントン通りの────」
 そう言いかけてロイは唇を噛む。
「何ですか?大佐」
「いや、なんでもない」
 行ってどうするというのか。
 胸に燃え盛る嫉妬を抱えながら、ロイはそっと目を閉じた。


 気が進まないまま出席した会食ではデザートにチョコレートケーキが出てきた。バレンタインだからと笑うホストの男にロイは腸が煮えくり返る気がする。それでも笑みを絶やさず口にしたチョコレートケーキは、甘ったるくて胸がムカムカした。
 会食を終えて司令部に戻ってきたが、ハボックは自席にいなかった。ハボックは定食屋のウェイトレスからチョコを貰ったのだろうか。何かそれが判るものがないかとロイはハボックの席を見る。だが、机の上には書きかけの書類があるだけで、それ以外のものは見あたらなかった。
 ロイはそっとため息をついて執務室に入る。大嫌いな一日はやっと半分過ぎただけで、ロイは苛々とした仕草で椅子に腰を下ろすと窓の外に広がる空を見上げた。
(ハボック)
 好きだと告げたらハボックはどうするだろう。考えて、ロイの脳裏に浮かぶのは嫌悪をたたえた瞳だけだった。
(万に一つも可能性のない)
 自分は彼が好むような可愛らしい女性ではないのだから。
 ロイはハボックの瞳と同じ色の空から無理矢理に視線を剥がすと、書類に手を伸ばした。


 そうしてのろのろと時間が過ぎていく。ロイは執務室にこもってこの一日が一刻も早く終わるのを待っていた。執務室の窓から見える空が漸く紅く染まって、徐々に暗さを増していく。扉の向こう、部下たちが帰っていく気配を感じて、ロイはペンを置くとコートを手に取り扉を開けた。
 司令室の大部屋は、バレンタインデーだと言うことを主張するように早々に部下たちの姿が消えている。だが、人がいなくなった大部屋に、ただ一人残った男が自席でプカリと煙を吐き出していた。
「なんだ、まだ帰らんのか?」
「ええまあ」
 尋ねるロイにハボックがニッと笑って答える。ロイは何か言おうと口を開きかけて、結局なにも言わずに背を向けた。
「大佐」
 司令室を出ようとしたところで背後からかかった声に足を止める。なんだと振り向けば、ハボックが灰皿に煙草を押しつけて立ち上がった。
「どっか行くんスか?」
「────いや」
「じゃあ送りますよ」
 そう言うハボックの顔をロイは無表情に見つめる。なにも言わずにいれば、それを了承ととったハボックが車を回すために先に司令室を出ていった。ロイはその背を見送って暫くその場に立ち尽くしていたが、ハボックの机にゆっくりと近づく。引き出しをあけて中を確かめて苦笑した。
「入っている訳がない」
 もし、ハボックが誰かにチョコを貰ったとして、それを引き出しに入れっぱなしで帰るはずがなかった。
「デートまでの時間潰しか」
 恐らくデートの時間までやることがないからロイを送って時間を潰そうというのだろう。ロイは一つため息をつくとそっと引き出しを閉め司令室を出ていった。


 後部座席に座ったロイはハンドルを握るハボックをそっと見つめる。結局あの後チョコを貰ったのかと尋ねようとしたものの、言葉は喉に貼り付いて出てこなかった。互いになにも言葉を発しないまま車はロイの自宅に到着する。ハボックが開けてくれたドアから降りたロイは、ハボックを見ずに言った。
「忙しいのに悪かったな。約束があるんだろう?帰ってくれていいぞ」
 ロイは言って門を開けスロープを抜け短いステップをあがる。小さなライトに照らされたポーチで鍵を取り出して開けた玄関から入ったロイは、閉じようとした扉をいきなり外から開かれて、ギョッとして目の前に立つ男を振り仰いだ。
「────なんだ?」
 そう尋ねれば表情を伺わせない空色の瞳がじっと見つめてくる。普段は表情が豊かなこの男がこんな顔をするのかと思いながら見つめていると、ハボックが口を開いた。
「話があるんスけど」
「急いで帰らなくちゃいけないんじゃないのか?」
 だが、ハボックはそれには答えずロイを押し込むようにして扉を閉める。ロイをそのままにハボックは廊下を抜けてリビングへと行ってしまった。
「なんなんだ、一体……」
 訳が判らないままロイはハボックを追ってリビングに入る。リビングの真ん中に立っているハボックに、ロイは言った。
「何か飲むか?まあ、水かアルコールしかないが」
 ロイは言ってハボックの返事を待たずにボトルが並ぶ棚に歩み寄る。棚を開けようとロイが伸ばした手を、近づいてきたハボックが掴んだ。
「ハボック?」
 何なんだと、ロイは眉を顰めてハボックを見上げる。そうすればハボックがロイを見つめ返して言った。
「オレに聞きたいことがあるんじゃないんスか?」
「え?」
「チョコ貰ったのか、とか」
 そう言われてロイはギョッとして掴まれた手を振り払う。キッとハボックを睨んでロイは言った。
「なんで私がお前がチョコを貰ったかどうかなんて気にしなきゃならんのだ。興味ないな」
 そう言ってプイと顔を背ければ低く笑う声がする。その声にムッとして振り向いたロイは、優しく見つめてくる空色にドキリとした。
「ホント素直じゃないなぁ。ねぇ、大佐。アンタがくれたこれ」
 と、ハボックはポケットから小さな箱を取り出す。それが自分があげたシガレットチョコの箱だと気づいて、ロイは目を見開いた。
「オレがアンタの気持ちに気づいてなかったと思ってたんスか?いつ言ってくるかって待ってたらいつまでたっても言いそうにないし、何年待たせる気?」
 そう言うハボックをロイは信じられないように見つめる。緊張でカラカラに乾いた喉に何度も唾を飲み込んで言った。
「だってお前、今日だってチョコ貰いに行くって」
「そうまで言えばいい加減本当のこと言うかと思ったのに、ここまで意地っ張りだとは思わなかったっスよ」
 とハボックは苦笑する。ハボックはロイの頬に手を添えてその瞳を覗き込んだ。
「でも、そんな意地っ張りなとこも、全部好きっス」
 そう言って見つめてくる空色にロイは目を見開く。ハボックは愛しそうに見開いた黒曜石の眦を撫でて言った。
「ねぇ、アンタがくれたシガレットチョコ、もう全部食べちゃって口寂しくて仕方ないんスけど。煙草吸うなって言うならアンタが何とかして下さいよ」
「どう、やって……?」
 尋ねるロイにハボックが悪戯っぽく笑う。
「決まってるっしょ」
 こうやって、と囁く唇が近づいてくる。好き、と言う言葉と共に重なる唇に、ロイの瞳からポロリと涙が零れて落ちた。


2015/02/14


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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


残念ながらハボロイのネタ投下はなかったのですが、ハボロイもないと寂しいかと急遽ネタを絞り出してみました。短い上にちょっぴり暗いロイになってしまいましたが、意地っ張りロイ君ってことで(笑)実は結構前から両片想いだったっていうね。時間があればエロも入ったんですが、流石にちょっと時間切れでした(苦笑)
ともあれ、少しでもお楽しみ頂けましたら嬉しいです。