Cig, Ciggy, Cigaret


「あっ、チクショウ!お前、あの子からチョコ貰ったのかッ?」
 司令室の扉を開ければハボックの声が飛び出してくる。視線を向けると部下たちがワイワイと楽しそうに話していた。
「あ、おはようございます、大佐」
 ロイが来たことに気づいたフュリーが朝の挨拶を投げて寄越す。それに頷いて、ロイは言った。
「なんだ?朝からもう戦果の報告会か?」
「いやだって大佐。ブレダの奴、朝くる途中に花屋の女の子からチョコ貰ってんスよ!あのすげぇ可愛い子、大佐も知ってるっしょ?」
 ハボックの言葉にロイは花屋の小柄な女性の姿を思い浮かべる。
「ああ、あの可愛らしい女性か」
「いつの間にアピールしてたんだ?ブレダっ」
「ふっふっふっ、やはりバレンタインに幸せを掴みとるにはそれなりの布石がだな」
 ニヤリと笑って言うブレダと羨ましがるハボックの声を聞きながらロイは執務室に入る。パタンと閉じた扉に背を預けて、ロイはそっとため息をついた。
 今年もこの日がやってきた。バレンタインデー、好きな相手にチョコレートを贈って愛を伝える日。ロイはハボックのことを好きだと自覚してからこの日が大嫌いだった。毎年可愛い女の子がハボックにチョコを贈って愛を伝えにくる。自分はハボックに打ち明ける事が出来ないのに。チョコを受け取ったハボックが、彼好みの可愛くてボインの女の子とつきあい始める度、ロイは嫉妬で気が狂いそうになった。そうして気が狂う前に、ロイはこっそりハボックの彼女にちょっかいを出して、ハボックから引き離してしまうのだ。勿論そうして心変わりした女など、さっさと捨てて見向きもしないのが常だったが。
「花屋の子だと?大して可愛くもないじゃないか。ちょっと胸が大きいだけだ」
 ロイは司令部でもファンの多い女性のことをそう言ってこき下ろす。一つ頭を振って扉から離れると乱暴な仕草で椅子に腰を下ろした。山積みになった書類に手を伸ばし、中身を確かめサインを認める。今日は一日執務室にこもっていよう。そうすればハボックが誰かからチョコを貰うのを見ずに済む。そうしてこの嫌な一日が一刻も早く過ぎるのを待つのだ。


 黙々と書類を読みペンを走らせていれば、コンコンとノックの音に続いてハボックが入ってくる。ハボックは手にした書類を差し出してロイに言った。
「サインお願いします」
「ああ」
 ロイは頷いて書類に手を伸ばす。そうすればハボックが纏う煙草の煙の匂いがして、ロイはゾクリと背を震わせた。
「────」
 ハボックに気づかれないようそっと唇を噛み締めて、ロイはサインを認める。そうして書類をハボックに返しながら言った。
「相変わらず煙草臭いな。少し量を減らしたらどうだ?」
「えーっ、それは無理な相談ってもんスよ」
 そう答えるその唇にも煙草が挟まっている。ハボックはポリポリと頭を掻いて言った。
「煙草ないとなんか口寂しくて」
「子供だな」
「失敬な」
 クッと笑って言うロイにハボックが唇を突き出す。ロイは引き出しをあけると、そこにしまってあったシガレットチョコを手に取った。
「口寂しいならこれでも咥えておけ。少しはヤニ臭くなくなる」
 そう言いながらハボックに向かってチョコを投げる。ポンと両手で受け取って、ハボックは懐かしそうにチョコを見た。
「うわ、懐かしい!ガキの頃、よく食べましたよ」
「子供なお前にぴったりだろう?」
「オレは子供じゃねぇってば」
 イーッと歯を剥き出して言いながらもハボックはシガレットチョコをポケットにしまう。
「まあ、折角だから貰っておきますよ」
 そうしてニヤリと笑うと書類を手に執務室を出ていった。
「────フン」
 あのチョコの意味などハボックは絶対に気づかないだろう。
「バレンタインなんてなくなってしまえばいい」
 己の焔で燃やしてなくせるものならそうするのに。ロイはギュッと唇を噛み締めると再び書類に手を伸ばした。


「大佐、会議のお時間です」
 黙々と書類に向かっていると、執務室に入ってきたホークアイが言う。今日は一日こもっていようと思ったのに、どうやらそうはいかないらしい。ろいは小さく息を吐き出して言った。
「折角調子が出てきたところなんだがな」
 それでももしかしたら会議より大量に積まれた書類の処理を優先してくれるかもしれない。そんな僅かな期待を抱いて言ってみたが、ホークアイは素っ気なく言った。
「その調子は維持していただいて、まずは会議と会食を済ませて下さい」
「会食もあるのか」
 うんざりと言って見せたがホークアイは容赦なくロイを急かす。仕方なしにペンを置いて立ち上がると、ロイはホークアイと共に執務室を出た。司令室の大部屋をさりげなく見回したがハボックの姿はない。
「────」
 どこに行ったと尋ね辛くて、ロイは司令室を出る。会議室に向かって廊下を歩いていると、ふと聞こえた声に足を止めてロイは声がしたほうを見た。そうすれば。
階段の陰、黒髪を肩まで垂らした女性が手にした包みをハボックに渡そうとしている。真っ赤な顔で見上げる女性の視線の先、ハボックはこちらに背を向けていてどんな顔をしているのか判らなかった。
「大佐、どうかされましたか?」
「────いや、何でもない」
 尋ねるホークアイにそう答えて、ロイは二人から目を逸らすと会議室へと歩いていった。


(受け取ったんだろうか)
 会議の司会役を務める事務官の声を聞きながらロイは思う。
(あれは確か総務の────)
 真っ赤に顔を染めながら懸命に愛を伝えようとしていた女性の顔と、総務部で書類を纏める女性の顔が重なって、ロイは僅かに眉を寄せた。
(いつの間にハボックと)
 そう思うとロイの中に俄に女性への怒りが込み上げてくる。苛々と爪を噛んでロイは、自分には出来ない事をいとも容易く成し遂げ得ようとしている女性を燃やしてしまいたいと思った。


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