| あのコのチョコに手を出すな |
| ハボックは最後の一つをそっと箱の中に入れる。可愛らしい箱の中に綺麗に並んだチョコレートを見て、ホッと息を吐き出した。 「出来た……」 ハボックは半年ほど前からヒューズとつきあっている。ヒューズは上官であるロイの友人であり知り合ったのも当然ロイを通してで、ハボックとしては知り合った当初からずっと惹かれていた相手だった。それでも流石に上官の友人に告白する事も出来ずにいたのだが、去年の夏、ロイにセントラルへの出張を命じられたのを機に急速に接近し、めでたく恋人同士となったのだった。 『俺もずっと好きだったんだよ。気づかなかったのか、バカタレ』 イーストシティに帰る前の夜、一緒に飲みに出かけた帰り道、突然キスされてそう告白された。月明かりの下、告げられた言葉が嬉しくてボロボロと泣きじゃくるハボックを、ヒューズは笑って抱き締めてくれた。 『泣くなよ。俺が惚れたのは太陽みたいな笑顔なんだからさ』 自分を泣かせた張本人の男にそう言われて、ハボックは涙に濡れた目元を染める。その目元にチュッとキスを落としたヒューズにもう一度口づけられて、ハボックは漸く笑ったのだった。 めでたく恋人同士になりはしたものの、セントラルとイーストシティは遠い。普通なら一緒に過ごす季節のイベントもなかなか思うように会うことは出来なかった。だからもうすぐやってくるバレンタインも直接チョコレートを渡すことなど出来ないだろうと思っていたハボックだったのだが。 『二月十四日は絶対そっち行くからな』 「えっ?でも、中佐、忙しいんじゃねぇの?」 夜遅く鳴り響いた電話に出れば、開口一番そう言うヒューズにハボックは目を瞠る。そうすればヒューズが悔しそうに言った。 『クリスマスもニューイヤーも一緒に過ごせなかったんだぞ。バレンタインまで仕事に潰されてたまるかっての』 「じゃ、じゃあ本当にこっち来るんスか、中佐?」 仕事とは言え一人きりのクリスマスは淋しかった。一人眺める初日の出は吹き抜ける風が酷く冷たかった。バレンタインもちゃんと期日に届けてくれるか怪しい配送業者にチョコを託さなければならないのかと思っていたのに、思いがけないヒューズの言葉でハボックの胸が熱くなっていく。 『ああ。例え大総統が止めたって行くからな。だから、ジャン。とびきりのチョコ作って待ってろよ』 そんな風に言うヒューズの悪戯っぽい笑みが受話器を握るハボックの脳裏に浮かんだ。 「はいっ!中佐の為にチョコ作って待ってるっスから!絶対、絶対来てくださいね!」 『ふふ、楽しみにしてるぜ』 ジャン、と耳元で囁く声にハボックは頬を染めて頷いた。 そんなやりとりがあって、今日はいよいよバレンタインデーだ。ハボックは夕べ遅くまでかかって作ったお手製のチョコレートをいそいそと紙袋に入れる。綺麗に結んだ空色のリボンをチョンとつついてにっこりと笑ったハボックは、チョコの袋を手にアパートを出ようとしてハッと気がついた。 「そうだった、みんなにばらまく分、忘れるところだった」 ハボックはそう呟いて棚の中から既製品の同じチョコが幾つも入った袋を引っ張り出す。これまでは毎年皆に配る義理チョコも手作りしていたのだが、今年はヒューズへのチョコに専念するため店に並んだチョコを買ってきたのだった。 「別にいいよな。これだって旨いし、手作りでも買ったのでも感謝の気持ちはこもってるんだから」 ほんの少し抱いていた罪悪感をハボックはその言葉と共に打ち消す。そうしてチョコがつまった袋を手にハボックはアパートを出ると司令部に向かった。 「おはようございまーす!」 ハボックは司令室の扉を開けると同時に声を張り上げる。既に来ていた面々から返る挨拶に笑顔を返して、ハボックは自席にチョコが入った袋を置いた。そのうち義理チョコが入った袋から司令室にいる人数分を取り出すとまずはホークアイに感謝の言葉と共に差し出す。綺麗にラッピングされたチョコを見て、ホークアイが言った。 「ありがとう。あら、ヒーローズのチョコね」 「すんません、今年は出来合いで」 「そんなことないわ。いつもありがとう」 「お前のチョコも旨いけど、ここのチョコも旨いよな」 横合いから顔を出してブレダが言う。ハボックはブレダにもチョコを渡して言った。 「人気だって言うから今年はここのにした」 「いつも悪いな」 ブレダはニッと笑って礼を言うと早速包みを開けてチョコを一つ口に放り込む。「旨い」というブレダの声を聞きながら、ハボックはファルマンとフュリーにもチョコを渡した。 「後は大佐か」 そう呟いてハボックは執務室の扉をノックする。中に入ると手にしたチョコを、朝だというのに既に書類に埋もれているロイに差し出した。 「大佐、いつもありがとうございます。これ、気持ちだけっスけど」 「ああ、ありがとう────って、今年は手作りじゃないのか」 差し出されたチョコを受け取ってロイはがっかりと言う。そんなロイにハボックが言った。 「今年は中佐にあげるチョコに時間かかったから、ちょっとみんなの分までは出来なくて……すんません。でも気持ちはこもってるっスよ」 すまなそうに言うハボックの声を聞きながらロイは手にしたチョコを見る。HERO'Sとロゴの入ったチョコはイーストシティでは人気の品で、毎年売り出しと共にあっと言う間に売れてしまう代物ではあった。日々忙しい中、時間を割いて買いに行くのは大変だったろうとは思う。だがしかし。 「それじゃあオレ、これから演習なんで」 そう言って出ていくハボックの背をロイは眉をしかめて見送る。 「私よりヒューズの方が大事だと?」 上司より恋人の方が大事なのは当然といえば当然だが、生憎ロイにそんな常識は通用しない。 「しかもヒューズの奴、わざわざセントラルから出てくる気か?職務怠慢も甚だしいな」 しょっちゅうサボっているのは棚の上に放り投げてロイは言う。ベリベリとチョコの包みを剥がすと蓋を開け中のチョコを摘み上げた。 「私だってハボックのチョコが食べたい」 ボソリと本音を呟いて、ロイは摘んだチョコを口の中に放り込んだ。 「よし、大佐にも渡したし」 とりあえず大事なところには義理を果たしたとハボックはホッと息を吐く。ヒューズに渡すチョコが入った袋を覗き込んで笑みを浮かべた。 (中佐、昼過ぎにはイーストシティに着くって言ってたよな。それまでに演習終わらせなくっちゃ) ヒューズが来るまでにはシャワーだって済ませておきたい。 「演習行ってきまーす!」 ハボックは小隊の部下たちの分の義理チョコが入った袋を掴むと、それを手に司令室を飛び出していった。 「ああ、疲れた……」 書類の山を半分ほど減らしたところで、ロイはやれやれと椅子の背に体を預ける。銀時計で時間を確かめればもう昼を過ぎていて、ロイはここらで休憩を入れようと立ち上がった。執務室の扉を開けて司令室の大部屋に出れば部下たちはもう食事に出てしまったのか誰の姿もない。一人おいてけぼりを食った事にムゥと唇を突き出したロイは、ハボックの机の上に小さな紙袋が置いてあることに気づいた。近くに歩み寄り袋を覗けば中には空色のリボンを結んだ可愛らしい包みが一つ。 「────」 暫くの間その包みをじっと見つめていたロイは、徐に袋の中から包みを取り出す。そうして空色のリボンをシュルリと解いて箱を開けた。 「おお、これはこれは」 綺麗に並んだチョコレートにロイは嬉しそうに目を瞠る。一粒摘んでポンと口に放り込めば広がる甘さにロイはホゥとため息をついた。 「旨い」 そう言って口にしたチョコを味わうと、更にもう一つチョコを食べる。 「こんな旨いチョコ、ヒューズに食べさせるなんて」 勿体ない、と言いながらロイはチョコを全部食べてしまうと満足げなため息をついた。 「うん、今年もハボックのチョコは絶品だ。旨かった、ごちそうさま」 ロイはそう言うと空になった箱をゴミ箱に放り込み、ウキウキとした足取りで司令室を出ていった。 |
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