十六夜
「たいさ、たいさ」
明かりを消した部屋の窓辺に腰掛けて手招きするハボックの側へ、シャワーを浴びたばかりのロイは髪からぽたぽた
と滴を零しながら近づいていった。
「ああ、また、こんなに滴たらして。」
風邪ひくでしょ、と言いながらハボックはロイの肩に掛かったタオルを手に取ると、優しくロイの髪の水分を拭きとって
いく。その柔らかな手つきにうっとりと目を閉じたロイは、タオルを横に置いたハボックに手を引かれるままに窓辺に
寄りかかった。
「お月見団子あるんですけど、一緒に食べません?」
魔法のように何処からか綺麗に盛った団子の皿を出すハボックに、ロイはぱちぱちと瞬きして皿を見つめる。
「十五夜は昨日だろう?」
「そうっスけど、昨日は秋の嵐だったからお月見できなかったじゃないですか。」
食べたくないならオレひとりで食べますけど、などと意地悪く言うハボックの頭を小突いてロイは団子を1つ手に取った。
「お茶がホシイ…。」
「はいはい。」
ハボックは仕方なしに立ち上がるとお茶を取りに部屋を出て行った。ロイは窓辺に腰掛けると空を見上げる。見上げる先
には白く煌々と輝く月が闇を切り裂いて光を放っていた。手にした団子を空に浮ぶ月と並べて掲げていると、ハボックが
トレイに湯飲みを載せて戻ってきた。
「なにしてるんスか?」
ハボックが呆れたように言うのに、ロイはぽいと団子を口の中に放り込む。
「まんまるじゃないな。」
「十六夜の月ですからね。」
ハボックはトレイを置くと窓枠に手を置いて空を見上げた。
「でも、十五夜より十六夜の方が綺麗だって言いません?」
「そうなのか?」
「完璧な丸より少し欠けた方が良いってことなんスかね。」
ハボックはまた団子に手を伸ばしてひとつ摘むとぽいと口に放り込むロイを、じっと見つめる。
「おいしい?」
「ん…」
ぺろりと指先を舐めるロイの仕草にハボックは目を細めた。ロイの腕を掴むとぐいと自分のほうへ引き寄せる。不思議
そうに見上げるロイの唇をハボックは舐め上げた。
「…っっ」
「もう、オレの前でそんなに無防備にならんでくださいよ。」
「何言ってるんだ、お前…っ」
ハボックの腕から逃れようともがくロイの体をぎゅっと抱きしめて、ハボックはその耳元に囁いた。
「月見座頭って知ってます?」
「な、に…?」
耳元を掠める息にびくりと体を震わせてロイが答える。
「座頭がね、月夜に虫の声だけでも楽しもうと野に出てきて、そこで出会った男と意気投合して酒を酌み交わすんです
けど、最後は男に突き飛ばされて嘆き悲しむっていう話。」
ハボックはそう言いながらロイの髪に手を差し入れた。
「大体の解説書は突き飛ばすって事になってるんですけど、物によってはイタズラするんですよ。」
差し入れた手で髪を引くようにしてロイを仰向かせると、ハボックは晒された喉に口付けた。
「イタズラしちゃおうかな…」
ちゅっと吸い上げられてロイはびくりと体を震わせる。
「そ、の話と、私と、何の関係が…っ」
「なにも。」
くすくすと笑いながらハボックは答えた。
「ただ思い出しただけ。」
そう言いながら舌を這わせるハボックの腕にロイは縋りついた。
「ハボック…っ」
泣きそうな声で呼ばれてハボックはロイの顔を見つめる。月明かりの下でうっすらと涙を浮かべるロイの体をハボックは
そっと抱きしめた。
「うそ。」
優しく抱きしめてくる腕にホッと息を吐いて、ロイはハボックの肩に顔を埋める。
「お月見しましょうか。」
そう言うハボックの言葉にロイはちらりと月を見上げた。そんなロイの様子を見ながら、ハボックは心の中で付け足した。
(今はね。)
暫く後に、自分の腕の中で乱れるであろうロイの姿を思い浮かべて、ハボックはうっとりと微笑んだ。
2006/10/6
今日は中秋の名月だったのですが秋の嵐でした。明日は十六夜だなぁってことでこんな話を。十五夜よりだいぶ遅れて出てくるので十六夜(いざよい)って
名前がついた説があるそうで、ホントはその話を入れたかったのに全然関係ない「月見座頭」の話をさせてしまいました。だって、最初に「月見座頭」の説明が
書いてあったヤツに「いたずらされて悲しむ」って書いてあったんですよー。その後調べたのはどれも「突き飛ばされる」だったのに。それだけでネタに使いたく
なるってのはも〜、頭腐ってますね(苦笑)