見毛相犬  第十八章


「うわあッ!!」
「なんなんだ、一体ッ?!」
「ギャアッ!!」
 大量の水と瓦礫が降り注いでテロリスト達が悲鳴を上げた。水しぶきと砂利で視界が霞む中、ハボックは中央の男に飛びかかると銃を持った腕をへし折る。激痛に絶叫をあげる男を打ち捨て、ハボックは人質に銃を突きつけていた男に向かった。
「このヤロ───」
 叫んで男が人質からハボックに銃を向けるより速く、ハボックは男に近づくと男の手から銃を蹴り飛ばした。その勢いのまま男に飛びかかり、首に腕を乗せたまま全体重をかけて床に叩きつければ男の首からゴキリ嫌な音がする。ハボックは床に倒れ込んで動かなくなった男からすぐさま身を起こすと、呆然として受話器を握っている男の額に銃を突きつけた。
「そこまでだ」
 ピタリと銃を突きつけられたテロリストが視線だけ動かしてハボックを見る。ハボックが顎をしゃくれば男は静かに受話器をフックに置いた。その手をハボックが掴んで後ろ手に捻りあげる。呻く男の腕をポケットから取り出したテープを巻いて縛り上げ、床に突き倒した。
「少佐、大丈夫っスか?」
 その頃には天井から降ってくる水もほぼ止まり、濡れそぼたれて呆然と立ち尽くすロイにハボックが声をかける。その声にハッとしてロイはハボックを見た。
「な……なん……今の」
 そう呟くように言うロイを見て、無表情だったハボックがにっこりと笑みを浮かべた。
「ああ、屋上の貯水タンク周りに時限式の発火装置仕掛けといたんスよ。いいタイミングだったっスね」
「発火装置……」
 そう言われてロイはハボックが建物の中に入る前に屋上へ上がっていった事を思い出す。
「じゃああの時に」
「お守りみたいなもんだったんスけど、役に立ってよかったっス」
 ハボックはそう言うと、部屋の片隅でずぶ濡れになって震えている人質に近づいた。
「怪我、なかったっスか?」
 そう尋ねてもショックでまともに口もきけない様子の人質に怪我がないことをざっと確かめる。
「人質も無事みたいだし、これで一件落着っスね」
 ハボックが肩越しに振り向いてロイに笑いかけた時。
「ハボック───ッッ!!」
 ドドドと走る音が聞こえて扉から大柄な体が飛び込んでくる。ギョッとしたロイが振り向けば濡れネズミになったブレダがハボックを睨んでいた。
「お前っ、またやったなッ!!ムチャクチャな事はするなってあれほど言ってんだろうッ!!」
「えー、だってこれが一番手っとり早いと思ったんだもん」
「手間を省くなッ!計画は綿密に立てろッ!何度言ったら判るんだよ、お前はッ!おかげで高い通信システムがパアだぞ!」
 怒鳴りながらハボックに近づくとブレダは長身の上司の胸をど突く。そうされてもハボックは怒りもせず、情けなく眉尻を下げた。
「だったらブレダが考えてよ。ブレダ、そういうの考えるの得意じゃん」
「人を頼るなッ!ちったあ自分で考えろよ、ハボ!」
「考えてこうしたんだもーん」
 そう呟いて自分より背の低い相手を見上げるという芸当をやってみせるハボックに、ブレダは大きなため息をついてヘタリ込む。そんなブレダに「大丈夫ー?」と間の抜けた声をかけるハボックに、呆然と二人のやりとりを見ていたロイが気を取り直して言った。
「おい、ブレダ少尉。それは一体どう言うことなんだ?」
「「あ」」
 とても上司と部下とは思えぬやりとりにロイが尋ねれば二人がハッとして顔を見合わせる。「しまった」という顔をしながら立ち上がるブレダに手を貸しながらハボックが答えた。
「オレら士官学校の同期で幼馴染みなんスよ」
「士官学校の同期で幼馴染み?!でも、そんな事一言も……」
 ロイがそう言えばブレダが決まり悪そうに答える。
「いや、こういう奴ですから、色々関わると割を食うのは俺なんで」
「でも、なんだかんだ言いつつ最終的にはいっつも手、貸してくれるよな、ブレダ」
「貸したくて貸してんじゃねぇ、巻き込まれてんだ、迷惑だッ」
 キーッと目を吊り上げるブレダをまあまあといなすハボックを見つめながら、なんだかドッと疲れを感じてしまったロイだった。

「それにしても二人が知り合いだったとは」
 書類を受け取りながらロイが言う。ブレダはボリボリと頭を掻いて苦笑しながら答えた。
「黙っててすみません。でも、昔馴染みと判ったら絶対俺にフったでしょ?少佐」
「判ったからには今からでもフってやろう、少尉」
 そう言われてブレダが思い切り嫌な顔をする。ロイはサインをした書類をブレダに返しながら言った。
「そもそも彼はどういう男なんだ?」
 ロイは言って執務室の扉に目をやる。ブレダもロイの視線を追って扉に目をやって答えた。
「どういうってあのまんまですよ。やれば出来るのにもの凄い無精者でよっぽど興味が湧かないとやらない。でもサボってばっかりの割に要点の押さえ方はいいんですよね」
 勘がいいんですよ、と言うブレダに視線を戻してロイが聞く。
「あの年で大佐なのは?よほど手柄を立てたのか?」
「今言った様子でもともと同期の中じゃ出世は早かったんです。アイツ自身は望んじゃいなかったでしょうけど。で、ある時クレタとの国境付近で大規模な戦闘があった。町がひとつ巻き込まれたんですが、そこ、軍のお偉方の愛人の故郷とかで丁度訪問中だったんですわ、愛人連れて。んで、故郷の連中はその軍人が助けてくれると思った。実際助けてやると約束もしたらしいんですが」
「逃げたんだな」
「仰るとおりで」
 侮蔑を含んだ口調で言うロイにブレダが苦笑する。それから執務室をチラリと見やって言った。
「住民と一緒に置いてきぼりくらったのが丁度その時そのお偉いさんの下にいたハボックだったんです。置いてかれて腹は立つ、こんなところで死ぬのはまっぴら、っていうんで珍しく本気出したアイツが住民引き連れて上手いこと逃げ延びちゃいましてね」
「なるほど」
 一つの町の住民を救った功績に加えて、逃げ出した高官の失態を隠すための口封じ。諸々の事情が重なって「ハボック大佐」は生まれたのだろう。
「もっともそんな事されなくてもハボは自分の手柄やら上司の失態やら吹聴してまわる奴じゃないですけどね」
 ブレダはそう言ってため息をつく。
「ハボにしてみりゃ迷惑至極って感じですよ。勿論能力的には地位に見合うだけの働きは出来ます。でも、アイツは好き勝手にやるのが向いてるから、適当なところで上手にあしらってくれる部下に助けられてのんびりやるのが向いてるんです」
 ブレダの言葉にロイは笑みを浮かべる。机を挟んで立つ部下に向かって尋ねた。
「私は適当にあしらう部下に向いていると思うか?」
「そうですね、もう少し気が長くなれば」
「ふむ」
 ニヤニヤと笑いながら言うブレダに鼻を鳴らしてロイはゆっくりと立ち上がる。執務室の扉を軽くノックしたロイは、中から返事がないことに顔を顰めた。
「おい、中にいるはずだな?」
「朝部屋に入って、出たのは見てないですが」
 そう答えるブレダにロイは首を傾げる。もう一度中に向かって声をかけたロイは扉を開けて空っぽの執務室に目を見開いた。
「いない、どうして?」
 窓には以前ロイが錬成した鉄格子がはまっている。窓に駆け寄ったロイは、太い鉄格子が二本、簡単に抜けるよう細工されていることに気づいて目を瞠った。
「あー、ハボの奴、やりましたね」
 執務室に入ってきたブレダがそれを見て言う。面白そうに見つめてくる部下にロイはニヤリと笑みを浮かべて言った。
「この私がよく躾て上手く使ってやるさ」
 ハボックが見た目のやる気なさとは裏腹に高い能力を持っていることは今度のことでよく判った。後必要なのは正しい躾だろう。
「少佐なら上手くあしらえると思いますよ」
「当然貴官も協力したまえ」
 げーっと顔を顰めるブレダを見て、ロイは楽しそうに笑った。


2010/01/12


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以前某様の茶会で階級逆転面白いよね、なんて話が出まして。その時は先さまにロイハボで書いて頂く事になったのですが、いつの間にやら私がハボロイでという展開に(苦笑)まあ、他にも書いて頂きたいものがあったのでお受けしたのですが、正直メチャクチャ難しかったです…ッ!まずロイが敬語っていうのがどーにもー。読むのはいいけどやっぱり自分で書くなら普通にマスタング大佐とハボック少尉がいいやー(苦笑)もっとがっつりロイにいいとこ見せたかったのですが上手く行かなかったし、大佐になった理由もいい加減になっちゃったorz まあ、この後はロイにきっちり躾けられたハボックワンコ大佐が誕生するんだと思います(笑)この先展開するとハボロイになるんだろうなぁ…(おい)
ちなみにタイトルの「見毛相犬」は「見毛相馬」から。「外見だけで良否を決めること。転じて表面だけ見て決めるのは間違いが多い」と言う意味です。ハボは馬じゃなくて犬なんで見毛相犬で(苦笑)
ハボロイというよりハボロイ未満のハボロイではありましたが、少しでもお楽しみ頂けましたら嬉しいですv