見毛相犬  第一章


「あのねぇ、あんまり上司を虐めないでくれないかな、マスタング少佐」
「別に私は虐めているつもりなどありません。ただ思ったことを申し上げたまでです」
「君にしてみればそうなんだろうけどねぇ……」
 そう言ってやれやれとため息をつきながら将軍は前に立つ若い将校を見る。漆黒の髪に白い肌、髪と同じ黒い瞳の将校は男にしてはほっそりとしている。その女性とも見紛うほどの綺麗な顔を、決して軟弱に見せないのはその苛烈なまでの黒曜石の瞳故だろう。だが、その瞳以上に苛烈なのは。
「みーんな君の言葉に傷ついちゃって仕事に出てこなくなっちゃうんだよね」
 将軍はそう言って困ったようにロイを見る。だが、ロイはまるで悪びれた様子もなく将軍の視線を受け止めて見返した。無言ながら自分に非はないと告げるロイに将軍はもう一度ため息をつく。
「まああれくらいで仕事にならなくなるようじゃ問題があると言えばそうなんだけど」
 将軍は机に肘をついて両手を組むとその上に顎を載せて言った。
「今度来るのはあんまり虐めないでやってよね。でないといい加減副司令官のなり手がなくなっちゃうよ」
 そうなったら困るから、と笑う将軍にロイは渋々頷く。退室の許可を得て部屋を出れば、ホークアイがファイルを手に待っていた。
「将軍はなんのお話だったんですか?」
 司令室に向かって一緒に歩き出しながらホークアイが聞く。ロイは思い切り顔を顰めて言った。
「次々と司令官が鬱になってやめるのは私が虐めるせいなんだと。これ以上やめることになれば次のなり手がいないから、今度来るのは虐めるなと言われた」
「少佐が虐める、ですか?」
 そう言ってクスリと笑えばロイが睨んでくる。子供のように口を尖らせるその顔に笑みを深めてホークアイは言った。
「別に少佐が虐めているとは思いませんが」
「当たり前だ。実際虐めてなどいないんだから。私はただ真実を口にしているだけだ」
 不服そうに鼻を鳴らすロイの言葉もあながち嘘ではない。事件や事故の処理にあたってロイはいつも最善で最短の方法を提案した。だが、地位はあっても大局を見る目のない上官達はロイの意見を無視して局面にあたった挙げ句、失敗してその尻拭いをいつもロイ押し付けるのだ。
「無能を無能と言って何が悪い」
「少佐も雨の日は無能と言われても反論しませんものね」
 そう言う美貌の副官をロイは忌々しげに睨む。
「フンッ、アイツらとは無能の質が違う」
 ロイはそう言って思い切り鼻を鳴らすと司令室の扉を開いた。

 ここ、東方司令部はイーストシティならびに東方全域の治安維持を担う重要な拠点だ。焔の二つ名を持つ国家錬金術師でありアメストリス国軍少佐でもあるロイ・マスタングは東方司令部の司令室に勤務していた。司令室の最高責任者は実質上東方司令部の司令官でもあったが、この数ヶ月、ロイの上司にあたる司令官が矢継ぎ早に心神喪失により転任するという事態が続いていた。
 それというのもまだ若いこの少佐を、着任した上官達はさほど労せずして使いこなせると思うらしい。中にはもしかしたら見目麗しい少佐を公私共に支配出来ると思う者もいたかもしれない。だが、実際にはロイはその甘いマスクに反して手厳しい性格だったし、若くしてふたつ名を戴き少佐の地位を得るだけの実力をも兼ね備えていた。だが、司令室に配属される上官達は地位はあってもロイを使いこなせるだけの能力も気概もない連中ばかりで、結局使いものにならないと部下であるロイにコテンパンにやられた上、鬱状態になって去っていくという事になるのだ。

「おはようございます、少佐」
「ああ、おはよう」
 司令室に入っていけば既に席について仕事を始めている部下達が口々に声をかけてくる。それに返事を返すとロイは大きな窓を背にした自席に腰を下ろした。
「今日は新しい司令官が来る日ですね」
 ロイが席に着いた途端、フュリーが目を輝かせて話しかけてくる。それを聞いたブレダがニヤリと笑って言った。
「今度こそあんまり虐めて追い出さないで下さいね、少佐」
「将軍と同じ事を言うな」
 ブレダの言葉にロイはチッと舌を鳴らす。それにファルマンが細い目を見開いて言った。
「将軍にも言われたんですか?」
「やっぱりみんなそう思うんだろ、こう次々と変わるのは少佐のせいだって」
「おい」
 やっぱりなぁ、と頷きあう部下達にロイは思い切り顔を顰める。睨んでくる黒い瞳にまるで動じない部下達にチッと舌を鳴らせばフュリーが言った。
「でも、少佐のせいばかりじゃないんじゃないですか?こう言っちゃなんですけど、実際問題として少佐の方がずっと有能なんですし」
 早く司令官になっちゃえばいいのに、とお気楽に言うフュリーに皆が苦笑する。
「ま、一応順番ってものもあるしな」
「でもいずれはそうなるんじゃないですか?」
 ニヤリと笑って言うブレダにフュリーが言った。確かに近い将来ロイが東方司令部の司令官になる事は誰の目から見ても明らかだったが、さすがにそれを今、大声でいうのははばかられた。
「フュリー曹長、口を慎みたまえ」
 ロイが苦笑して言ったものフュリーの考えに皆賛成だった。それだけロイの能力は群を抜いていたし、ロイの部下達はロイに心酔もしていたのだ。
「それよりも少佐、今日から来られる上官の人事ファイル、ご覧になったのですか?」
 何となく和気藹々となってきた雰囲気を打ち消すようにホークアイが尋ねる。前任者が転任となって次の上官が来るにあたり、地位的にすぐその下でサポートする事になるロイのところへ人事のファイルが回ってきていた。
「そう言えば見てないな」
「少佐ぁ」
 平気な顔でそう言うロイにブレダ達が呆れた声を上げる。「これだから、もう」と肩を竦める部下達をジロリと睨んで、ロイはファイルに手を伸ばした。
「で、今日から我々の上官になるのは誰なんです?」
「待て」
 聞いてくるブレダを制してファイルを開いたロイは、書類に記載された経歴を見て目を瞠る。ざっと目を通してファイルを閉じると興味津々といった目で見ているブレダにファイルを渡した。
「若いな」
 ロイがそう言えば、自分のところまでファイルが回ってくるのを待ちきれずにブレダの手元を覗き込んだフュリーが目を丸くする。
「凄い!この人、少佐より若いのにもう大佐ですよ」
「よほど何かすごい功績を立てたということなんでしょうな」
 フュリーとファルマンがそう言いあうのを黙って聞いていたブレダはファイルをホークアイに渡した。それに目を通してホークアイはロイに返す。
「ともあれすぐに追い出すようなことはなさらないで下さいね、少佐」
「だから私のせいではないと言うのに」
 ホークアイの言葉に苦虫を噛み潰したような顔でロイは言った。
「ちゃんとお手並みを拝見するさ」
 ロイはそう言ってファイルをしまうと時計を見上げる。
「そろそろ到着されるころだ。皆でお迎えするとしよう」
 その言葉に司令室にいたメンバー達がガタガタと立ち上がった。丁度その時、ガチャリと音がして司令室の扉が開く。一斉に皆が視線をやったその先に立っていたのは、金髪に空色の瞳をした長身の男だった。


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