第九話


「判ったから急かすなって」
 納戸の奥でゴソゴソと目当てのものを探しながら、入口から顔を突っ込んでその様子を睨んでいる私にヒューズが言う。グルルと不機嫌に喉を鳴らす私を、ヒューズは振り返って見た。
「仕方ないだろう、ここんとこ忙しかったんだからさ」
 確かに最近ヒューズの帰りが遅いのは判っていたが、だからといってもう暦の上では冬に入り、すっかり秋も深まったこの時分になってもまだラグが夏物という事態は許しがたい。久しぶりに休暇のヒューズの部屋の前で、私は夏物のラグを咥えて出てくるのを待ち構え、朝になって起きてきたヒューズに今日一番の仕事としてラグの交換を命じたのだった。
「ああ、あったあった」
 ヒューズはそう言って納戸の奥から冬用の毛足の長いラグを引っ張り出す。クリーニングして埃が被らぬよう包んであったラグを広げれば、微かな防虫錠の臭いがして私はヒューズを睨んだ。
「臭うか?」
『こんな防虫錠臭いラグに寝られるかっ』
 ラグに鼻を寄せてクンクンと匂いを嗅ぐヒューズに私は低く唸る。やっぱ犬は鼻がいいねぇなどとほざくヒューズに牙を剥けば、ヒューズはラグを持って歩きだした。
「少し風に当てれば臭いも抜けるから、もうちょい待って」
 ヒューズはそう言ってラグを手に中庭に出ていってしまう。私は仕方なしにリビングに戻るとソファーの上に飛び乗った。
『あれ?大佐、ラグは?』
 ソファーの上で何とか寝心地の良いように体を横たえようとしていると、ハボックののんびりとした声が聞こえる。私は前足の上に顎を乗せて答えた。
『ヒューズが外に干してる。防虫錠臭くて寝られん』
『あー、オレも防虫錠の臭いは嫌いっス』
 私の言葉にハボックも顔をしかめる。臭いを嗅いだように前足で鼻をこすったハボックは、ソファーに近づいて言った。
『じゃあ大佐、外行きましょう、外』
『はあっ?なんでそうなる』
『だって暇でしょ?ラグないし』
 そう言うハボックを私はソファーの上からジロリと見る。
『お前、今私がどこでどうしているのか見えているのか?』
『ソファーに寝そべってるっスよ』
『そう言うことだ』
 ラグはないがとりあえず代用品があるのが判ったろうと言葉にせず態度で示す私にハボックが言った。
『ソファーの上はダメってヒューズさんに言われてるっしょ』
『こんなに寒くなるまでラグを出しておかないヒューズが悪い』
 早めに出して風に当てておけばこんな事にはならなかったのだ。文句を言われる筋合いはない筈と私が言った時、足音がしてヒューズの手が私の体をソファーから無理矢理に下ろした。
「ローイ、ソファーは駄目だって言ってるだろ。お前デカいんだからさ」
『元はと言えばお前がさっさと冬物のラグを出しておかないのがいけないんだろうっ』
「あー、はいはい。文句言わないの」
 ガウと凄む私の言葉が判っているのかいないのか、ヒューズは言って私を追い落とした後のソファーにドカリと座り込む。ムッとして睨む私の眼光をものともせず新聞を広げるヒューズの足に噛みついてやろうかと私が思っていると、ハボックが言った。
『ねぇ、外に行きましょうって。葉っぱが紅くなって綺麗っスよ』
 その言葉に私は窓の外に目をやる。そうすれば紅く染まった葉をつけた枝の向こうに綺麗な青空が広がっているのが見えた。
『フン』
『行くのっ?やった!』
 ゆっくりとリビングの扉に向かって歩き出すとハボックがフサフサの尻尾をブンブンと振ってついてくる。中庭への扉を潜ればヒヤリとした風が首筋を撫でたが、その寒さを補って余りある陽射しに後押しされて私は外へと出た。
 木の枝に私のラグが干してあるのが見えて、私はその下に近づく。きちんと干されていることを確認しようと見上げた先、真っ赤に色づいた葉と見事なまでの青空が広がっていた。
『ね?凄い綺麗っしょ?』
『まあな、ラグが邪魔だが』
『じゃあ、どければいいじゃないっスか』
 折角の空をラグ越しに見るのも無粋だと私が場所を変えようとするより早く、そう言ったハボックがラグの端をくわえて引っ張る。あっと思う間もなくラグは地面に落ちてしまった。
『なにするんだッ!折角クリーニングしてあるラグをッ!』
『えー、だって大佐が邪魔だって言うから』
『場所を変えればいい話だろうッ!この』
 馬鹿、阿呆、脳足りんと罵ればハボックがシュンとして項垂れる。
『だって大佐と紅い葉っぱ見たかったんだもん……』
 しょんぼりと項垂れて地面を前足で蹴りながら呟くハボックにため息をついた私は、地面に落ちたラグを見た。ラグは上手い具合に表を上に広がっている。梢の間から陽射しが降り注いでいるのを見て、私はラグの上に寝そべった。
『……大佐?』
『落ちたものは仕方ない。有効活用しよう』
 そう言って私はラグの半分を空けてやる。それを見たハボックがそろそろと片足をラグに乗せて私をチラリと見た。
『その気がないなら私が全部使うぞ』
『その気ある!あるっス!』
 ハボックは言って嬉しそうに私と並んでラグに横たわる。首を反らして空を見上げた。
『綺麗っスね』
『そうだな』
 これからもっと寒くなれば空は益々澄み切るだろう。寒いのは嫌いだが、コイツの瞳と同じ色の空を見られるのは悪くないかもしれない。
『寒くないっスか?もう少しくっついてもいい?』
『好きにしろ』
 素っ気なく答えればいそいそと寄り添ってくる温もりに、私は目を細めて晴れ渡る空を見上げた。


2013/11/08


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