| 第十話 |
| 『うわあ、綺麗っスねぇ』 車の窓から鼻先を出して外の景色を眺めているハボックがウットリと言う。走る車の窓から吹き込む風にブルリと体を震わせて私はシートにうずくまった。 『おい、寒いぞ。窓を閉めろ』 『えーっ、いい風じゃないっスか』 『どこが!』 金色の毛を風にふわふわとなびかせてハボックが言うのを聞いて、私はガバッと体を起こして怒鳴る。だが、その途端腹を撫でた冷たい風に、慌ててシートに身を寄せた。 『おい、ヒューズ!窓を閉めろっ』 このままでは風邪を引いてしまう。そう思ってバウバウと声を荒げて要求したが、運転席のヒューズからは期待したのとは違う返事が返ってきた。 「嬉しいのは判るがあんまり乗り出して落ちるなよ、ハボック」 『大丈夫、大丈夫』 『隣の車に鼻をぶつけてしまえ』 陽気にワンと答えるハボックに向けて私は苛立ち紛れに唸る。だが、ハボックには聞こえなかったようで窓枠に脚をかけて外を見る金色の犬のふさふさの尻尾が楽しそうにゆらゆらと揺れるのを見れば余計に腹立ちが募った。 「おう、お前ら。もうすぐ着くからな」 ヒューズはそう言いながらハンドルを切る。車がガクンと揺れて、外を見ていなくてもゲートを抜けたのだと判った。 「おーし、着いた」 ヒューズがそう言うのを聞けば、ハボックが今にも飛び出しそうに体を開いた窓に突っ込む。ヒューズは腕を伸ばしてハボックの首輪を掴むとグイと引っ張って中に引き戻した。 「こら、窓が閉めらんないだろ」 『えー、俺が出てから閉めてっ』 「ハボック!」 身を捩ってもがくデカい犬を押さえつけてヒューズは窓を閉める。ポカリと頭を叩かれてシュンとするハボックにザマアミロと思いながら、私は開けられたドアから外に出た。 『うわあ!葉っぱが綺麗っス!』 続いて降りてきたハボックが色づいた公園の木々を見て声を上げる。たった今叱られてシュンとしていたのが嘘のようにハボックは嬉しそうにブンブンと尻尾を振った。 「最近朝晩だいぶ冷えてきたからな。紅葉が見頃だ。散歩にはいい季節だろう?」 『はいっ、ヒューズさんっ!』 車の扉を閉めてヒューズが言うのにハボックが元気よく答える。散歩の前にリードをつけるぞとヒューズがバッグの中からリードを取り出した時、背後から女性の声が聞こえた。 「すみません、ちょっと教えて頂きたいんですが」 と、広い公園の中で目的の場所を見つけられず困りきった様子で尋ねてくる女性に、ヒューズが人懐っこい笑みを浮かべる。近くの案内板へ女性を促すヒューズを目で追っていた私は、たった今までいた筈のハボックの姿が見えないことに気づいた。 『おい』 短く吠えて辺りを見回すがハボックからの応えはない。私はチラリとヒューズを見て、すぐには戻ってこなさそうだとみるとハボックを探して歩き出した。 『どこに行ったんだ?』 リードをつけるのは他人がいる場所での最低限のマナーだ。私達は誰彼かまわず飛びかかったりの無礼を働く気はないが、残念ながら犬が嫌いという人もいる。そんな人から見れば私達のような大型犬はそれだけで恐怖の対象だろう。そうであればリードもつけずに公園を歩き回るなど以ての外であるはずだった。 『まったく、ハボックのヤツ』 私は公園の中を見回しながら歩いていく。五分程も歩いたろうか、私は金色の尻尾を振りながら風に舞い踊る落ち葉と遊んでいるハボックの姿を見つけた。 『おい、なにをしている!』 『あ、大佐っ』 低く唸ればハボックが振り向く。私が口を開く前にハボックは嬉しそうに言った。 『葉っぱって素早いっスねぇ!なかなか捕まんないスよ』 そう言ったハボックの前に真っ赤に色づいた葉がふわりと舞い落ちる。ハボックが前足でそれを押さえようとしたが、葉はスルリと滑るようにして逃げてしまった。 『あっ、また!』 もーっ、逃げるな!と舞い散る葉を追いかけ回すハボックに私はため息をつく。 『くだらん事でうろちょろするな!ヒューズの所に戻るぞ』 『えー、待って!葉っぱ捕まえてから!』 言って歩きだそうとすれば引き止めるハボックの声がした。私は肩越しに振り向いてフンと鼻を鳴らす。 『葉っぱ一枚捕まえられないとは鈍いヤツだな』 『じゃあ大佐が捕まえてくれる?』 『なんで私がそんな事をしなくちゃならんのだ』 『でも大佐なら素早いから簡単っしょ?』 『む』 そんな風に言われてはやらないわけにはいかない気になる。足元を見れば丁度葉っぱが一枚落ちていることに気づいて、私はおもむろに前足を持ち上げた。パンッと押さえようとした瞬間、葉っぱはスルリと逃げてしまう。すぐ側に落ちた葉を捕まえようとしたが、葉は再び逃げてしまった。 『やっぱ大佐でも無理なんスね』 するとハボックがそう言うのが聞こえて、私はキッとハボックを睨む。 『今のはちょっとタイミングが悪かっただけだッ!』 見ていろ、と狙いを定めて私はパンパンと地面を叩いた。その都度逃げる葉っぱを五度目のチャレンジで漸く捕まえて、私はどうだとばかりにハボックを見る。 『凄いっス!オレ、五回じゃ捕まえられなかったっスよ!やっぱり大佐は凄いっスね!』 そうすれば尊敬の目でそう言うハボックに私は当然だと言う顔をして言った。 『これで気が済んだろう?さあ、ヒューズの所に――――』 『待って!やっぱオレも捕まえる!』 戻るぞと言い終わる前にハボックがそう言ったかと思うと、再び舞い散る落ち葉を追いかけ回し始める。 『おい、私が捕まえてやったんだからそれでいいだろう!』 『でもオレも捕まえたい!』 幾ら「やめろ、戻るぞ」と言ってもやめようとしないハボックに、いい加減その金色の尻尾に噛みついてやろうかと思った時、驚いたような声が聞こえた。 「ジャン?!こんな所でなにやってるの?ヒューズ中佐は?」 その声に振り向けばホークアイ中尉が鳶色の瞳を見開いて立っている。中尉はツカツカと近づいてくると、慌てて前足を揃えて座るハボックを睨んだ。 「リードもつけてない……。ジャン、中佐はどうしたの?」 『え、えっと……』 鳶色の瞳できつく睨まれてハボックは小さく身を縮めて項垂れる。中尉はそんなハボックを暫く見つめていたが私を見て言った。 「大佐、あなたまで……。ジャンが馬鹿をしたら止めてちょうだい」 『面目ない』 ため息混じりに伸びてくる手に私は鼻先を押し付けて詫びる。一応止めはしたのだと言いたくもあったが、結果が伴わなければ意味がないと言うのをやめた。 「とにかくヒューズ中佐を探さなければ……きっと心配してるわ」 そう言った中尉に促されて歩き出そうとした時、バタバタと走る音とヒューズの声がした。 「ロイ!ハボック!……っと、リザちゃんっ?」 「ヒューズ中佐」 駆け寄ってくるヒューズに中尉は軽く頭を下げる。ヒューズは私達を見てホッとした様子で言った。 「道案内してる内にいなくなっちまってなぁ……。よかったよ、リザちゃんが捕まえておいてくれて」 「私もたった今会ったばかりで……。すみません、躾が出来てなくて」 「リザちゃんのせいじゃないって。今は俺が飼い主なんだし」 申し訳ないと頭を下げる中尉にヒューズが笑って言う。 「まあ、こいつらが誰かに飛びかかったりする事はないだろうけど、誰かを驚かしたりしたら拙いしな。判ったか、ハボック!」 『ごめんなさぁい』 ゴツンと頭を殴られてハボックがクゥンと首を竦める。その時、ハボックの足元に落ち葉がふわりと落ちてきて、ハボックは反射的に前足でバンと押さえた。 『やった!出来たッ!見て、大佐!捕まえられたっス!』 漸く落ち葉を捕まえられて、ハボックが興奮して言う。だが、次の瞬間、ヒューズと中尉の両方からきつく名を呼ばれて慌てて地面に伏せた。 『全く、馬鹿か、お前は』 『だってー』 やれやれとため息をつけばハボックが言う。それでも捕まえた落ち葉を鼻先で触るハボックに、ヒューズが苦笑して中尉を見た。 「まあ、やんちゃ盛りだからな。追々躾ていくさ」 「すみません、中佐。私で出来る事がありましたら仰って下さい」 そんな会話を交わす二人を小さくなって上目遣いに見やるハボックの鼻の上に、からかうように落ち葉が舞い落ちるのを見て、私はクスリと笑った。 2013/12/12 |
| → 第十一話 |