第十一話


『ねぇ、大――』
『却下』
 毛足の長いラグの上で寝そべっていれば、頭上に影が射す。ハボックが私に呼びかけるのすら許さず一言の下に拒否すれば、ハボックが不満の声を上げた。
『まだ何も言ってないじゃないっスか!つか、呼んですらいないのに!』
『呼んでないんだな。だったら話しかけるな』
 前脚に乗せた顔も上げずに目を閉じたままそう言えば、ハボックがムゥと膨れたのが判る。ハボックは前脚でラグを引っかきながら言った。
『大佐ってば冷たい。オレの話、聞いてくれたっていいじゃないっスか』
 そう言うのさえ無視して寝そべっていたが、耳元でラグをガリガリと引っ掻く音が気になる。片目を開けて音のする方を見た私は、ハボックの爪に引っかかれたラグがぼそぼそに毛羽立っているのを見てガバッと立ち上がった。
『ハボック!』
『あ、大佐っ、オレの話聞いてくれんの?』
『違うッ!ラグを引っ掻くなッ!ぼそぼそになってるだろうがッ!』
 立ち上がった私を見てパッと顔を輝かせるハボックの脚を私は思い切り払いのける。ぼそぼそになってしまったラグを肉球で撫でつけながらハボックを睨んだ。
『なんて事をするんだッ!もう寝かせてやらんぞッ』
 お気に入りの大事なラグを粗末にされて、私はハボックを怒鳴りつけると撫でつけたラグを見下ろす。何度も優しく撫でればなんとか見られる程度にまで回復したのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。
『全くなんて事をするんだっ。二度とこんな事をしてみろ、もう絶対寝かせてなど――――』
 やらんと言いかけて、私はハボックがいなくなっている事に気づく。リビングの中を見回したがハボックの姿はどこにもなく、近くに気配も感じなかった。
『――――なんだ、大した用事じゃないんじゃないか。だったら話しかけなきゃいいだろう?ラグまでこんなにして』
 声に出してそう言ってみたが返る答えはない。暫く待ってみたがなんの物音すらしないことに私は眉間に皺を寄せた。
『失礼なヤツめ、もう知らんぞ』
 何となく胸に湧き上がった罪悪感を誤魔化すように言って、私はラグに寝そべると無理矢理目を閉じた。

 その後、ハボックは幾ら待っても姿を見せなかった。今夜ヒューズは夜勤で、私達の晩飯は時間になるとカラクリで蓋が開く特製の入れ物に入れてあったが、蓋が開く時間になってもハボックが出てくる気配はしなかった。
『フン、拗ねるなら勝手に拗ねてろ。お前の分も食ってやる』
 私はこれ見よがしに大きな声で言ってみる。食いしん坊のハボックならそろそろ出てくるんじゃないかと期待して見回したが、金色の犬は一向に現れなかった。
『どこにいるんだ、アイツ……』
 一人の食事は食が進まず、折角ヒューズが用意してくれた食事も一つは手付かず、もう一つは半分残した状態で放置された。きっと明日ヒューズが帰ってきたらさぞかし心配するだろう。

 ハボックが何を言いにきたのか、実は大体見当がついていた。と言うのも昨日から降り続いていた雪が見事に積もって外は見渡す限りの銀世界になっていたからだ。去年の同じ季節、初めて雪を見てすっかり興奮したハボックと庭で雪のかけっこをして遊んだ。きっとハボックはそれを覚えていて、今年もまた一緒に遊ぼうと思ったに違いない。いつだってアイツは私と遊びたがり、どんなに私が邪険にしても遊びに誘うのをやめなかった。
 私は寝そべっていたラグからのそりと立ち上がるとリビングから出る。冷え切った廊下を歩き中庭に続く扉を抜けて外へと出た。
 降り続いた雪がやんで真っ暗な空には月がぽっかりと浮かんでいる。月から降り注ぐ光が雪を照らして、夜だというのに世界は白々と明るかった。
 扉から庭へと続く足跡を辿って私は冷たい雪に脚を踏み入れる。雪をキュッキュッと鳴らしながら歩いていくとハッハッと言う呼吸音と雪を踏み鳴らす音が聞こえた。
 月光が降り注ぐ庭でハボックは一人雪を巻き上げて遊んでいた。思い切り雪にダイブし大きな体で雪を掻き分けフサフサの尻尾で雪を跳ね上げる。いつもは金に輝いている体が月の光と舞い散る雪で銀色に輝き、そのまま淡く溶けて消えてしまいそうな錯覚を私に引き起こした。
『――――ッ』
 その錯覚に私は堪らず数歩の距離をジャンプして飛び越えるとハボックに飛びかかる。不意打ちを食らってハボックの体が雪の中にずっぽりと沈んだ。
『大佐っ?』
 長い毛に雪をまぶしてハボックが驚きの声を上げる。見上げてくる空色を睨むように見下ろしていれば、ハボックがにっこりと笑った。
『ビックリしたぁ!夜が大佐の形になって飛び出してきたのかと思っちゃったっスよ』
 そう言って見上げてくるハボックの瞳は月の光を受けてキラキラと輝いている。雪に埋もれたままハボックは小首を傾げた。
『一緒に遊びましょ、大佐っ』
 あんなに冷たくしたのに、まだそんな事を言うハボックに切なくなる。半分雪に埋もれたハボックの上に私は前脚で雪をかけた。
『埋まるっ!大佐っ、埋まっちゃう!』
 雪に全身埋もれかけてハボックがギャーッと悲鳴を上げる。私はフンと鼻を鳴らすと圧し掛かっていたハボックの上からどいた。
『大佐ァ』
 のそりと起き上がったハボックが体をブルッと震わせて雪を振り払う。伺うように見つめてくる空色に私は雪を引っ掛けた。そうしてじっと見つめれば、ハボックが遠慮がちに雪をかけ返してくる。それに返して私が雪をかければまたハボックが。
『大佐っ』
 にぱぁと笑ったハボックが笑いながら雪をかけてくるのに負けじとかけ返して。
 私達は銀色の月の光の中、雪を跳ね上げては長いこと遊んだ。


2014/01/28


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