第十二話


「ぶえっくしょんッッ」
 体の芯まで凍り付いたような気がして、私は大きなくしゃみをする。ずるずると鼻水まで垂れて、なんともみっともない形(なり)に情けなくて腹が立った。
「馬鹿をした……もう二度とやらん」
 ついうっかり絆されて雪遊びなどしてしまった。そんなことをすればどういう結果になるか冷静に考えれば判りきっていて、私は毛の根元までずっくりと濡れた体を震わせながら激しく後悔した。
「あー、楽しかったッ」
 そんな私の前をハボックが実に楽しそうに言って歩いていく。扉をくぐり家の中に入ると、私たちは真っ直ぐリビングに向かった。
「うお、あったかーい!」
 空調のきいた部屋の中は暖かく、強張った体が弛緩していく。ホッと息を吐いて熾火の残る暖炉の前に立って体を乾かそうとした私は、ハボックがビショビショに濡れたままの体でラグに寝そべろうとするのを見て目を吊り上げた。
「ハボックッ!!そのビショビショの体でラグに乗るんじゃないッッ!!」
「えーっ、ラグであったまろうと思ったのにー」
「ふざけるなッ!その体で乗ったらラグがビショビショになるだろうッ!先に乾かせッ!」
 私がそう怒鳴れば、ハボックが渋々といった様子で暖炉の前に来る。
「めんどくさいなぁ。ラグで拭けば簡単────イテッ」
 とんでもない事を言うハボックの鼻っ面を私は前足で思い切り殴る。そうすれば、ハボックが空色の瞳を潤ませて前足で鼻を押さえた。
「ひどい……」
「当然だろう」
 とんでもないことを言った報いだとフンッと鼻を鳴らす私をハボックは恨めしげに見る。それでもそうして暖炉にあたっていれば、濡れた体が徐々に乾いて暖かくなってきた。
「あー、なんか腹減ってきたっス……」
 暖かくなって人心地がついたせいだろう、ハボックがそう呟く。そう言われれば確かに腹が減っているのを感じたが、私は素っ気なく言った。
「メシならないぞ。もうそういう時間じゃないからな」
 メシの時間が過ぎてしまえばからくりの蓋は閉じてしまって食事は出来ない。
「時間になっても食いにこないからだろう?お前のせいで私も半分しか食べられなかった」
「えーっ、それってオレのせいっスか?オレだって腹減ってんのに」
 どうしてくれると睨めばハボックが情けない声を上げる。それにフンと返した私は、ほぼ体が乾いたと見てラグに移動するとふかふかのラグの上に寝そべった。
「ふぅ……」
 長い毛足が暖まった体を包んで気持ちよい。一つ息を吐いて前脚の上に顔を乗せようとした私は、ハボックがラグに乗ろうとしているのを見て牙を剥いた。
「お前はまだ乾いてないだろうッ!乗るなッ!」
「えーっ、そんなぁ」
 短毛種の私はもうすっかりと乾いたが、ふさふさと毛の長いハボックはまだ生乾きだ。そんな体で乗られたらラグが濡れると吠えれば、ハボックはすごすごと暖炉の前に戻った。
「ちゃんと乾くまで乗るな」
「もー、ちょっと位いいじゃないっスか」
 ブツブツと文句を言いながらも私に睨まれてハボック破談路の前で体を乾かす。やれやれと前脚に顔を乗せて楽な姿勢をとろうとした私は、ふとハボックを見て目を見開いた。
 暖炉の前で長い毛を乾かすハボックの体から湯気が上がっている。毛を濡らしていた雪が水になり暖まって蒸気になって天井へと昇っていく様は、以前ヒューズが食べていた肉まんから湯気が上がる様子を彷彿とさせた。
(旨そうだ……)
 そう思えばグゥと腹が空腹を訴える。暫くの間ハボックをじっと見ていた私は、のっそりと立ち上がりハボックに近づいた。
「大佐?」
 ゆっくりと近づき側に立てばハボックが不思議そうに首を傾げる。その動きにあわせてホワンと湯気が上がるのを見た私はハボックの背中にカプリと噛みついた。
「イテェッ!」
 ギャーッと喚いてハボックが飛び上がる。大きく体を震わせて私を振り払うとパッと飛びすさり頭を低くして身構えた。
「なにするんスかッ?!」
「いや、旨そうだったんで、つい、な」
「ついってなんスか、ついってッ!」
「少し食われてみないか?」
「絶対やだッ!!」
 そのデカイ図体一口くらい齧ったところで大した違いはないのではなかろうか。半ば本気でそう言う私にハボックが力一杯拒否して喚く。私はチッと舌打ちすると仕方なくラグに戻った。
「まったくもう、酷いんだから」
 ハボックはブツブツと言いながら私が噛んだところを舐める。
「舐めてやろうか?」
「結構っス」
 一応詫びの意味も込めてそう言ったが思い切り拒絶された。ハボックは背中を舐めながら体を乾かしていたが、漸く乾いたとおずおずとラグの上に乗ってくる。最初は警戒していたが、私にもう噛みつく気がないと見るとホッと体をラグの上に伸ばした。
「楽しかったっスね」
「寒かったがな」
「またやりましょうね」
「腹が減るから嫌だ────お前を齧らせてくれるなら考えなくもない」
「フツーにメシ食えばいいっしょ!」
 先ほどの旨そうな光景を思い出して言えばハボックが顔をしかめて言う。それでも。
「まあ、一緒に遊んでくれるんだったら……舐めるくらいならいいっスよ」
 真剣に考えてそんなことを言うハボックに私はクスリと笑って目を閉じた。


2014/02/07


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