第十三話


「なんじゃこりゃ!中に入れないじゃないか!」
 ラグの上でうとうとと微睡んでいれば外から素っ頓狂な声が聞こえる。なんだと耳を澄ませば、どうやらヒューズが騒いでいるのだと判った。
『おい、ハボック。ちょっと見てこい』
 私は隣でクウクウと寝息をたてているハボックに向かって言う。私の声に『うーん』と唸ったものの起きる気配のないハボックに、私は眉をしかめて立ち上がると呼吸にあわせて上下する背中を踏みつけた。
『グエッ』
 体重をかけられてハボックが蛙のような声を上げる。ジタバタともがいて私の足の下から逃れたハボックは、ハアハアと息を弾ませて私を睨んだ。
『なにするんスかッ』
『返事をしないお前が悪い』
『寝てんのにッ!』
『グチャグチャ言うな。とっとと見てこい』
 無茶言うなと喚くハボックに私は容赦なく言う。そうすればハボックが首を傾げて私を見た。
『見てこいって、なにをっスか?』
 そう言うハボックに私は前脚を上げて見せる。また踏みつけられてはかなわないと、ハボックは後ずさりながら言った。
『だって寝てたんスもん!話判んないっス!』
『お前、アレが聞こえてないのか?』
『え?』
 私たちがこうして話している間にも玄関先で騒ぐ声は聞こえている。
『あれってヒューズさん?』
『らしいな。どうなってるのかお前、見てこい』
『……大佐は?』
 おずおずと尋ねてくるハボックを私はジロリと睨んだ。
『この寒い中、どうして私がわざわざ外に出なければならんのだ』
 そう言えば『えーっ』という顔をするハボックにさっさと行けと牙を剥く。
『もう、人使いが荒いんだから』
 結局ブツブツと言いながらもハボックは、庭に出る扉から雪が積もる庭を抜けて玄関へと回っていった。
「おお、ハボック!ただいま」
『おかえりなさい、ヒューズさん。────うわ、凄い雪!』
 出ていったハボックがヒューズと話す声がして玄関の外でワアワアと騒いでいたと思うと、暫くして漸く二人が中へと入ってきた。
「いやあ、参った……。ただいま、ロイ」
『おかえり』
 雪塗れのヒューズがやれやれとため息をついて暖炉にあたるのに声をかける。続いて入ってきたハボックが同じように雪塗れなのを見て、私は顔をしかめた。
『乗るなよ』
『判ってますよぅ』
 ハボックはちょっぴり不服そうに言うとヒューズと並んで暖炉にあたる。どうしたんだと尋ねれば、ハボックが湯気を上げながら答えた。
『扉の前に雪が積もって開かなくなってたんスよ』
 どうやら夕べの間に吹き付けた雪がつもっていたらしい。
「ハボック、お前のお陰で助かったわ。俺一人じゃあれだけ雪かきするのは時間がかかったろうからな」
『どういたしまして、ヒューズさん!』
 ニッと笑ったヒューズに頭を撫でられて、ハボックが嬉しそうに言う。暖炉にあたって乾かすと、キッチンへと行くヒューズの脚にまとわりつくようにハボックがついていった。
「お前らも腹減ったろう。今、朝飯に────って、食べてないっ?」
 夕べの飯の片づけをしようとしたヒューズが、中身の残るからくりに素っ頓狂な声を上げる。まとわりつくハボックの頭を両手で挟んで、その顔を覗き込んだ。
「一体どうしたんだ、ハボック!お前が飯を食わないなんてッ!どっか悪いんじゃないだろうなッ?」
『えっ?いや、それは色々と事情が』
 クゥンと鳴いてハボックがヒューズの手から逃れようとしたのが、かえってヒューズの不安を煽ったらしい。ヒューズに押さえ込まれてあちこちチェックされて、ハボックはワンワンと吠えた。
『別にどこも悪くないっス!それよりメシ!腹減った!』
 ハボックはヒューズの手を振り切って逃れると、自分用の皿を咥えて持ってくる。ヒューズの前に置いてきちんと座って見上げるハボックに、ヒューズはホッと息を吐いた。
「なんだ、具合が悪い訳じゃないのか。じゃあどうしたんだ?ロイに意地悪されたか?」
『なんでそこで私が意地悪することになるんだッ!』
 ハボックの頭を撫でながらとんでもないことを言い出すヒューズに、私はバウバウと吠える。ヒューズが「違うの?」と小首を傾げて聞けばハボックが私の皿も持ってきた。
『ヒューズさん、ご飯〜〜〜ッ』
「ああ、はいはい。喧嘩じゃないわけね。判った判った、ちょっと待ってて」
 アオーンと情けなく吠えるハボックにヒューズは苦笑して立ち上がる。棚からドッグフードを取り出し、私たちの皿に均等に入れた。
「すまんなぁ、ちゃんとしたの作ってやれなくて」
『これも美味しいから、オレ好きっス』
 申し訳なさそうに言いながら空になった袋を片づけるヒューズにハボックが言う。のっそりと立ち上がり皿に近づくと徐に食べ始めた私にヒューズが言った。
「ロイ、虐めてないにしろお前、ハボックを顎で使ってるだろう。少しは自分でやらんと────太るぞ」
 その言葉に私はピタリと食べるのをやめる。私の横で凄い勢いで食べていたハボックが私を見て言った。
『そうっスよ。大佐、太りやすい体質っしょ?動かないとテキメンに太るっスよ』
 そんな風に言うハボックを私はジロリと見る。ギクリと身を強張らせるハボックの前の皿に私は顔を突っ込むとバクバクと食べた。
『アーッ!オレのメシッッ!!』
 ハボックが何とか押し退けようとするのに構わず、私はハボックのメシを平らげ自分の分も一気に食べてしまう。ギャアギャアと喚くハボックにフンッと鼻を鳴らして、私はラグの上に寝そべった。
「ロイ、お前なぁ」
 そんな私をヒューズが呆れたように呼ぶ。ツンと顔を背ける私にため息をつくヒューズの袖をハボックが咥えて引っ張った。
『ヒューズさんっ、オレのメシッ』
 ハボックは空になった皿をヒューズの前におしやって『くれ』と訴える。そんなハボックにヒューズはボリボリと頭を掻いた。
「すまん、ハボック。さっきので最後なんだ。後で買ってくるから」
『えーーーッッ!!』
 そう聞いて飛び上がったハボックがよろよろと後ずさる。力尽きたようにドサリと横たわるハボックにヒューズが苦笑した。
「おい、大袈裟だな、ハボック」
『まったくだ。メシの一回や二回抜いたって死ぬもんか』
 フンと鼻を突き上げて言えばヒューズがポカリと私を叩く。ムッと睨む私にやれやれとため息をついて、ヒューズはソファーに放り出した上着を取った。
「仕方ねぇな、買いに行ってくるよ。ハボック、待ってろ」
『オレも行く!行って買ったらすぐ食べるっス!』
 ヒューズの言葉にガバッと立ち上がったハボックがヒューズにまとわりつく。ハボックの金色の頭を撫でて、ヒューズは私に言った。
「ハボック連れて行ってくる。ロイ、ちゃんと留守番してるんだぞ」
『私はいつだってきちんと留守番している』
 バウと一言答えればヒューズはハボックを連れて出かけてしまう。一人取り残された部屋で私はラグに寝そべるとそっと目を閉じた。


2014/02/10


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