| 第十四話 |
| ヒューズとハボックが出かけて家の中は急に静かになる。これは昼寝にうってつけとラグの上に寝そべった私は前脚の上に顎を乗せて目を閉じた。そうすればパチパチと薪が爆ぜる音やカチコチと時計が時を刻む音がやけに大きく聞こえる。一度気にするとなんだか妙に気になって、私は閉じていた目を開けた。 (目を開けていればさほど大きな音じゃないんだが) 私はそう思いながらじっと暖炉の炎を見つめる。折角邪魔者がいないのだ、やはり昼寝だと目を閉じると今度はドサリと何かが落ちる音がした。ピクリと耳をそばだてどこかに不審者がいないかを確かめる。音はどうやら庭からで、枝につもった雪が落ちて立てた音のようだった。 (…………) こんな風に周囲の音が気になるなど、いったいいつ以来だろう。ハボックが来る前、私がまだこのラグを一人で使っていた頃はヒューズのいない昼日中、こうしてラグに寝そべっていても周りの音など気にしたこともなかったのに。 私は一つため息をついて前脚に乗せた頭の向きを変える。そうだ、いつもと反対向きに顔を乗せていたから上手く眠れず外の音が気になるのだと思えば、今度はどうしてこっち向きに眠るのが常なのだろうと気になった。 (…………) ああ、そうか。いつもこっち側にはハボックが寝ているのだ。呼吸にあわせてゆっくりと上下する金色の毛並みを見ていると、不思議に暖かい気持ちになってよく眠れる。だからこっちを向いて寝ているのだが、生憎今はその金色は食い物を求めて出かけていってしまっていた。 『フン……食い意地の張った奴め』 私はハボックが出かける原因になったのは何かという事は考えないようにして、そうハボックを罵る。独り寝のラグは妙にうそ寒くて私はブルリと体を震わせた。 『寒いぞ』 私は眉間に皺を寄せてボソリと呟く。折角独りなのだからとラグの中央を占拠してみれば余計にうそ寒さを感じた。 『折角静かなのに眠れんじゃないか』 私は誰にともなく文句を言うとムクリと起きあがる。ラグの端を咥えて暖炉の側へ引きずっていった。 『ここなら暖かいな』 ハボックがいないなら火の側へ寄ればいいのだ。私は暖炉の側に引き寄せたラグに横たわり目を閉じる。暖炉の炎は確かに暖かかったが妙に喉が乾いて、それでも意地のように目を閉じていればいつしか私は眠りの淵へと落ちていった。 気がつけば私は川沿いの道を一人歩いている。いつも通りテクテクと歩いている筈の体は妙に重く、おかしいと首を捻った時、どこかから声が聞こえた。 “おデブ大佐、デブ犬〜” 『なにッ?』 聞こえた声に私は目を吊り上げて辺りを見回す。だが、近くには誰の姿もなく、私は仕方なしに重い体を引きずるようにして歩きだした。すると。 “デブデブ〜、デブ大佐〜” 『なんだとッッ』 再びけしからん声が聞こえて私は脚を止めて辺りを見回す。一体こんな失礼な事を言う無礼者はどこのどいつだと見回した私は、川の中に太った犬の姿を見つけた。 『貴様かッ!この無礼者めッ!』 私は太った犬に歯を剥いて威嚇する。そうすれば同じように歯を剥き出す犬に私は言った。 『そもそも貴様の方がよっぽど太っているだろうがッ!人のことを言う前に自分の姿をよく見ろッ!』 そう怒鳴って私は水の中の犬を前脚で殴る。すると殴った水面が揺れて犬は姿を消した。 『むっ、卑怯だぞッ!どこに隠れて────』 そう言いかけて私はハッと気づく。そもそも犬は水の中に長くはいられない。それじゃああれは何だったんだと私は恐る恐る川の中を覗き込んだ。揺れていた水面の揺れがだんだんと収まり、再び犬の姿が見える。その犬をジーッと見つめた私は、ゆっくりと前脚を持ち上げてみた。そうすれば水の中の犬も同じように前脚を上げる。ガッと口を大きく開けて威嚇すれば水の中の犬もまた口を開け、低く身構えれば相手も寸分違わぬ動きをした。揺れの収まった水面に映る黒曜石が驚愕と共に見返してくるのを見た時。 『ま、ま、まさか……ッ?!そ、それっ、それじゃあこれは……ッッ!!』 そのデブデブに太った犬が自分自身だと気づいた瞬間。 『ギャーッッ!!』 私は声を限りに絶叫した。 『ギャーッッ!』 『デブデブ大佐〜、デブ大……あ、起きた』 ガバッと飛び起きれば、ぶつかりそうになったハボックが慌てて後ずさる。ハッハッと息を弾ませて辺りを見回せば、いつの間に帰ってきたのかソファーではヒューズが新聞を広げていた。 『なんだ、夢か……』 今見た恐ろしい姿がどうやら夢だったと気づいて、私はホッと息を吐く。やれやれとラグに体を戻して目を閉じようとして、私はピタリと動きを止めた。 『おい、ハボック。貴様今なんと言っていた』 確か耳元で“デブデブ”とか言っていなかったか?そうするとあの恐ろしい夢を見たその原因は。 『だ、だって……食べてすぐ寝ると太るってヒューズさんが』 『ハボック、貴様』 ゆらりと立ち上がればハボックが顔をひきつらせて後ずさる。 『オレの分の飯まで食ったし太るっしょ?!』 『赦さんッッ!!』 キャーッとハボックが逃げようとするより一瞬早く私はハボックに飛びかかる。 『ごめんなさいッ、大佐ッ』 キャウンと鳴くハボックを押さえつけてゲシゲシと脚で踏みつける。最後にドスンとのし掛かればふさふさの金色が暖かかった。 『フン、罰として毛布にしてやる』 『重いッ!大佐っ、本当に太ったんじゃ……ギャーッ!』 いつまでも失礼な事を言うのをやめないハボックの背に私はガブリと噛みつく。 「おい、お前ら、なにやってんの」 呆れたようなヒューズの声を聞きながら、私はのし掛かったハボックに牙を立てて大人しくさせると、毛布代わりの金色の毛に顔を埋めてそっと目を閉じた。 2014/02/20 |
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