第八話


『大佐っ、すっごい月が綺麗っスよ!ねぇ、こっち来て一緒に見ましょうよ』
 リビングのラグに寝そべっていれば、窓から外を見上げてハボックが言う。普段なら無視するハボックの誘いに腰を上げたのは、今日が何の日か覚えがあったからだった。
『今日は十五夜だからな』
 私は窓辺に歩み寄りながら言う。そうすればハボックが不思議そうな顔をして首を傾げた。
『じゅうごや?』
『月を観るのにいい季節ということだ』
 長々と説明してもどうせ判らないだろうと、私は簡単に答える。するとハボックが至極納得したように頷いた。
『確かに、凄く綺麗っスもんね、今夜の月』
 じゅうごやっていうんだぁとハボックは言いながら空を見上げる。雲一つない空にはまん丸の月がその表面に兎を住まわせて煌々と輝いていた。
『こんなに綺麗な月観てると……』
 と、暫く黙って月をみていたハボックが言う。観てるとなんなんだと思って、月から傍らのハボックに視線を移せばハボックがスゥッと大きく息を吸い込んだ。
『ワオーーーーーンッ!!』
『ッッ?!』
 喉を逸らして突然吠えるハボックを私はギョッとして見る。二度、三度と吠えて更にもう一度吠えようとするハボックの頭を、私は思いきり前足ではたいた。
『いてッ』
『なんなんだ、いきなりっ』
 十五夜の話をしていたのではないのかと睨めばハボックが首を竦める。
『えーっ、だってこんな月見ると吠えたくならないっスか?』
『お前は狼男か』
 ハボックの言葉に昔聞いた話を思い出してため息をつく私に、ハボックがキョトンとして言った。
『狼男?なんスか、それ』
 なになに?と寄ってくるハボックに私はチッと舌打ちした。
『大佐ァ』
『重いっ』
 教えてと興味津々でのし掛かってくるハボックに私はガウと牙を向ける。それでも懲りずにねぇねぇとすり寄ってくるハボックに私はため息をついて答えた。
『狼男というのは普段は人間の姿だが満月を見ると狼に変身する怪物のことだ』
『満月見ると変身するんスか?すっげぇッ!』
 私の言葉にハボックが目を輝かせる。まさか本当にいるとは思った訳じゃないだろうなと不安に思って『おとぎ話だぞ』と付け足す私に、ハボックが答えた。
『でも、変身するんでしょ?凄いなぁ』
 私が言っていることをちゃんと理解しているのか、ハボックは相変わらずニコニコと言う。月を見上げて、それから私を見て言った。
『ねぇ、もしオレたちが人間に変身したらどんなっスかね』
『私たちが人間に?』
 狼男のおとぎ話を聞いた時にすら思いもしなかったことを聞かれて、私は眉を寄せる。リビングの窓際、きちんと前足を揃えて座る大きな金色の犬を見つめて私は答えた。
『そうだな、お前なら金髪の大男だろうよ』
『金髪?ホークアイ中尉みたいな?』
 私の言葉にハボックは自分が知っている範囲で金髪の人間を思い浮かべたらしい。その人物の姿を頭に描いて、私は言った。
『いや、同じ金髪でもお前のはもっと柔らかい金色だろう?瞳の色は空色で』
 中尉の金髪はずっと硬質な色合いだ。目の前の柔らかい毛並みのまま人の姿になったハボックを思い浮かべれば、思わず笑みが零れた。
『人間になってもお前は犬っぽいな』
『はあ?どんな想像してんスか』
 ニヤニヤと笑って言う私にハボックが鼻に皺を寄せる。その空色の瞳が私をじっと見つめて言った。
『大佐は黒髪で黒い瞳っスね。ヒューズさんみたいな感じかな』
『ヒューズぅ?』
 言われて目の前にニカッと笑う髭面が浮かぶ。
『私はあんなだらしない顔で笑わんぞ。人間の私はもっとイイ男だ』
『そっスね。大佐ならきっとすげぇハンサムで女の子にもモテモテっスよね』
 ツンと顔を背けて言えばそんな風に返されて、私は顔を赤らめた。だが、幸いにも自慢の毛並みが赤くなった顔を隠してくれたお陰で、ハボックには気づかれずに済む。月を見上げたハボックは空色の瞳を細めて言った。
『大佐と一緒だったら人間になっても面白いだろうなぁ』
『そうなったらこき使ってやろう。なんと言っても私は大佐だからな』
『えーっ』
 ニヤリと笑って言えばハボックが情けない声を上げる。月を観、私を見てハボックは言った。
『まあ、大佐と一緒ならどっちでもいいや。人間でこき使われても、犬で公園一緒に走っても』
 ね?と笑うとハボックは月を見上げる。月明かりを受けた金色の毛が輝いて、その美しさに目を細める私にハボックが言った。
『ねぇ、一緒に吠えません?』
『はあ?なにを言い出すんだ、お前は』
『とりあえず今は犬だし、折角犬なんだから』
 折角というその論理が判らないまま、私は肩を竦める。
『一回だけならな』
『じゃあ、一緒に!せぇの────』
 ハボックのかけ声と同時に息を吸い込み一緒に月に向かって吠えれば、なんだかこのまま人間に変わっていく気がして。
『大佐っ、もう一回!』
『仕方ないな、もう一度だけだぞ』
 私は人懐こい笑みを浮かべる金髪の男と並んで、月に向かって何度も何度も大声で吠えた。


2013/09/19


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