第七話


 ここのところハボックの様子がおかしい。
 ヒューズに連れられてこの家にハボックがやってきた時から、アイツは煩いくらい毎日毎日私にまとわりついてきた。どれだけ邪険にしようともどれだけ冷たくあしらおうとも、ハボックは懲りることなく私のところへやってきて、にこにこと笑いながら私に話しかけ私と遊びたがった。あんまりしつこいので最近は五回に一回くらいは構ってやることにしているが、その残りの構って貰えない四回もハボックは決して諦めることなく私にまとわりついてきていた。ところが。
 最近ハボックは全くと言っていいほど側に寄ってこない。鬱陶しいほどにまとわりついてきていた大きな体が近くにないというだけで、なんだか部屋が広く感じる。いつの間にか私専用でなくなっていたラグの半分は、掃除機をかけたまま金色の毛がつくこともなく寂しくその表面の柄を見せていた。
『使わんのなら返してもらうぞ』
 一緒に寝たいとあんまり煩いから貸してやったのに、そういうつもりならもう貸してやらんと私はラグの中央に移動する。精一杯手足を伸ばして出来るだけラグを占拠したが、ラグを独り占めした満足感は何故だか湧いてはこなかった。
 その時、カチャッと音がしてリビングの扉が少しだけ開く。ラグに寝そべったまま薄目を開けて扉を見ればハボックの鼻面が隙間から覗いた。ハボックは中には入ってこずそのまま行ってしまう。少しして中庭の扉が開く音がするのを聞いて、私はラグの上で体を起こした。急いでリビングを出てハボックの後を追う。扉をそっと押し開けて中庭に出た私は、辺りを見回してハボックの姿を探した。
『いた』
 繁みに顔を突っ込んでいたハボックが何かを咥えて歩き出す。フサフサの尻尾を揺らして歩くハボックが家を回って中庭の向こうに消えるのを確認して、私は足音を忍ばせてハボックの後をつけた。家の角っこから顔を出して様子を伺う。私に後をつけられているとは気づいていないハボックは、中庭の片隅に置いてある物置の陰に近づくと咥えていたものを地面に置いた。
『ほら、メシだぞー』
 ハボックがそう声をかければ物置の扉の隙間からなにやら黒い塊が出てくる。私はそれを見た途端、身を潜めていた場所から飛び出してハボックに駆け寄った。
『あっ、大佐っ』
 足音に振り向いたハボックが私を見て慌てて黒い塊の上に覆い被さる。その様になんだかムッとして、私はハボックの尻尾に噛みついた。
『キャウンッ』
 実はハボックの弱点がここであることを私は知っている。いきなり弱いところに噛みつかれて飛び上がるハボックを押し退ければ、見上げてくる小さな塊と目があった。
『────猫?』
 見上げてきたのは真っ黒な子猫だ。子猫は私を見ると金色の目を細めてニャアと鳴いて、地面に置かれた小さな肉にかぶりつく。はぐはぐと懸命に食べる子猫をじっと見つめた私は、傍らのハボックを見た。
『おい』
『庭の外に捨てられてたんス。腹空かせて可哀想だったから』
 ジロリと睨まれて、ハボックは首を竦めて答える。ハボックが私の側に寄ってこなかったのは、体についた猫の匂いに気づかれるのを恐れたためだった。
『どうするつもりだ?まさかお前が飼うつもりじゃないだろうな』
 どう考えても無理だと告げればハボックが項垂れる。
『でっ、でもっ!また捨てるなんて可哀想っス!』
 こんなに小さいのに、とハボックは夢中で肉を食べている子猫の背を舐めた。
『オレのメシ、半分やれば何とかなるっしょ?だから大佐っ』
 ヒューズさんには黙っててとハボックが訴えるのに答えようとするより早く、後ろからヒューズの声がした。
「お前ら、そんなところでなにをやってるんだ?」
『ヒューズさんッ』
 ギョッと飛び上がってハボックは大きな体の陰に子猫を庇う。だが、ヒューズはそんなハボックを簡単に押し退けると、手を伸ばして子猫をつまみ上げた。
「子猫?」
『ヒューズさんッ!返して!』
 ニャアと鳴く子猫の顔を覗き込むヒューズに、ハボックがバウバウと鳴いてまとわりつく。返せと必死に訴えるハボックを見、私を見てヒューズは言った。
「なに、お前ら二匹で子育てしてたの?」
 面白そうにニヤニヤと笑う髭面を私は睨み、ハボックは大きな体をすり付ける。そんな私たちを見て、ヒューズは苦笑した。
「悪いがこの子は飼えないぞ」
『そんなッ!!』
 それじゃあまた捨ててしまうのかと、ハボックがショックに泣き叫ぶ。ヒューズはやれやれとハボックの金色の頭を撫でると子猫を腕に歩きだした。
『ヒューズさんッ』
 子猫を取り返そうとハボックは慌ててヒューズを追う。私はそんなハボックを追いかけると、飛びかかるようにして金色の体を押さえ込んだ。
『大佐っ』
『落ち着け』
 私はそう言うとヒューズの後を追う。尋ねるように見上げる私に微笑んで家の中に入るヒューズについて扉を潜った。リビングに入り、私の定位置であるラグの上に子猫を下ろす。そうすれば私の後からついてきたハボックが大慌てで子猫を腕に抱き込んだ。
「貰い手を探すから。それまではお前らで面倒みな」
『ヒューズさん……っ!あ、ありがとう!!』
 ヒューズの言葉にハボックがパアッと顔を輝かせる。私を振り向いて、ハボックは嬉しそうに言った。
『オレたちで面倒見ろ、って!』
『面倒見るのはお前だろう』
 私は言ってラグの半分に寝そべる。
『でもヒューズさんが言ったっスもん!』
 ハボックはそう言うとラグの真ん中に子猫を置いてもう半分に寝そべった。
『へへ……いいっスね、こういうの』
『……バカか、お前は』
 嬉しそうなハボックに私はフンと鼻を鳴らして腕に顔をのせて目を閉じる。すると鼻先に濡れた感触を感じて、目を開ければ子猫が私の鼻を舐めていた。
『大佐のこと、好きって言ってるっスよ。オレと一緒っスね』
『バカめ』
 ニコニコと嬉しそうに笑ってハボックは子猫と一緒に身を擦り寄せてくる。その後一週間、ラグの真ん中を占拠した子猫は、近所の少女の家に引き取られていった。そうして。
『大佐ァ、外行きましょうよ、外』
『暑いから嫌だ』
『もう秋っスよ?涼しくなったっス』
『私にとってはまだ夏だ』
『大佐ってばァ』
『煩い』
 再びまとわりついてくるようになったハボックを冷たくあしらいながら、私はこっそりと笑みを浮かべた。


2013/09/12


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