| 第四話 |
| 「おう、お前ら、散歩に行くぞ」 いつものように毛足の長いラグの上に横たわっているとヒューズの声が聞こえる。その声に私の隣で横たわっていたハボックが弾かれたように飛び起きた。 『散歩!大佐、散歩っスよ!』 ハボックは嬉しそうに叫ぶとリビングの入口に立つヒューズの側に駆け寄る。 『ヒューズさん!散歩に連れて行ってくれるのっ?わあいッ!』 「おお、ハボック、そんなに嬉しいか」 尻尾をブンブン振りながらわふわふとじゃれつくハボックにヒューズが目を細める。ハボックの頭を乱暴に撫でながらヒューズは私を見て言った。 「ロイ、お前も行くだろう?」 適度な運動が必要な事は私だってよく判っている。寒い冬の散歩は出来れば避けたかったがここ最近の暖かさは出不精の私をも外へと誘った。 私は起き上がるとゆっくりとした足取りでヒューズに近づく。私も側に来たのを見て笑みを浮かべたヒューズはハボックの首輪にリードを繋いだ。 「ロイ」 はっきり言ってリードは嫌いだ。だが、公共の場で私達犬はリードをつけるのが人間界のルールだと言うのも知っている。仔犬のようにだだをこねてヒューズにつまらぬ迷惑をかけるつもりもない。私はヒューズに近づくと、奴がリードをつけるのを大人しく待った。 「いいこだな、ロイ」 『フン』 眼鏡の奥で常盤色の瞳を細める男に私は思い切り鼻を鳴らす。そんな私にヒューズがクスリと笑ったのは聞こえなかったふりで、私達は玄関へと向かった。外に出れば柔らかい風が吹いている。散歩が嬉しくて堪らないハボックがヒューズを引っ張るように歩くせいで、私達はつんのめるようにタッタカタッタカ歩く羽目になった。 「ハボッーク、そんなに慌てなさんな」 ヒューズが言ってリードを軽く引いたがハボックの奴は聞く耳を持ちやしない。結局私達はハボックに引っ張られるまま公園へと着いた。 『わあ、この公園大好きッ!早く早く、ヒューズさんっ』 公園の入口を潜った途端、ハボックが一層はしゃいでヒューズの周りをグルグルと回って急かす。ハボックが興奮するのも無理はない。この公園には犬が自由に走れるドッグランがあるのだ。興奮しきったハボックが私のリードとハボックのそれが絡まるのも構わず跳んだり跳ねたりするのに私は顔をしかめた。 『おい、いい加減にしろ』 流石にムッとして睨んだがハボックはまるで気にした様子もない。ヒューズの制止も聞かないハボックに噛みついてやろうかと思った時、涼やかな声が聞こえた。 「ヒューズ中佐」 「リザちゃん」 声をした方を振り向けば金髪を一括りに留めた鳶色の瞳の女性が近づいてくる。凜とした美人にヒューズは相好を崩した。 「お久しぶりです、中佐」 「どう?もう落ち着いたかい?」 「はい、おかげさまで」 最近知ったがこの女性はホークアイ中尉といって前のハボックの飼い主らしい。ふと脇を見れば、さっきまではしゃぎ回って落ち着かなかったハボックが、キチンと前脚を揃え尻を落として行儀よく座っていた。 「ジャン、いい子にしてる?」 『はい、中尉。勿論っス』 手を伸ばして頭を撫でてくる中尉に、ハボックが短く答える。さっきまでとは打って変わった態度に私はハボックに囁いた。 『おい、随分態度が違うな』 『中尉はとっても厳しいんスよ』 そう答える間にもハボックは真っ直ぐ中尉の方を向いて行儀よく座っている。そのハボックの態度を褒めるように金色のの毛並みを撫でた中尉が、鳶色の目を私に向けた。 「こんにちは、大佐。ご機嫌如何?」 『おかげさまで』 差し出された手のひらに私はきちんと座って鼻先を押し付ける。そうすれば中尉は私の頭を撫でてヒューズを見た。 「本当にありがとうございます、ジャンを引き取ってくださって。きちんと躾たつもりですが、ご迷惑おかけしていませんか?」 「全然。いい子だぜ?ハボックは」 「そう聞いて安心しました」 ヒューズの言葉に中尉はホッと息を吐いて微笑む。それから二言三言言葉を交わすと中尉は去っていった。 「おい、お前ら」 その背が見えなくなるまで見送ってヒューズが口を開く。 「俺に対する態度とリザちゃんに対する態度が随分違うように見えたのは気のせいか?」 『だって、ヒューズさん。中尉は怒らせると怖いんですよ?』 ヒクリと唇の端を震わせて言うヒューズにハボックがパタパタと尻尾を振った。 「特にロイ」 ヒクヒクと笑みを浮かべた頬をヒクつかせるヒューズに私はツンとそっぽを向く。私だって相手を見るだけの判断力はあるつもりだ。少なくとも中尉は敵に回していい相手ではない。 「まあいいけどよ」 ヒューズはやれやれとため息をつくと、いつもの笑みを浮かべた。 「よし、それじゃあドッグラン行くか」 『はいっ、ヒューズさんっ!』 ヒューズの言葉にハボックが途端に飛び跳ねる。再び走り出したハボックに引っ張られて私達はドッグランへと向かった。 2013/03/18 |
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