第二話


 いつものように毛足の長いラグの上でぬくぬくとしていれば、不意にハボックが喧しく吠える声がする。その声がやたらと興奮している時の声だと察すれば、私の眉間に深い皺が刻まれた。
『大佐っ大佐っ大佐っ』
 案の定少ししてハボックが物凄い勢いでリビングに駆け込んでくる。ハボックは私の周りをぐるぐると回りながら言った。
『空から白いフワフワしたものが降ってる!でもって一面真っ白っスよ!すっげぇ綺麗!!なんだろう、アレ』
 ハボックはぐるぐると周りながら一気にまくし立てる。不思議そうに小首を傾げるのを見て、私はラグに寝そべったまま言った。
『なんだ、お前。雪を知らんのか?』
『ゆき?』
 言えばハボックが空色の瞳をぱちくりとする。どうやら全く知らないらしい。私はふわぁと欠伸をしながら説明してやった。
『雨は知ってるだろう?簡単に言えば空の高い所で凍った雨が溶けずに降ってくるのが雪だ』
 詳しく説明したら色々あるが、コイツにはこれで十分だろう。私は持ち上げていた頭を下ろすと目を閉じたが、ハボックの不思議そうな声に閉じた目を開けた。
『これが雨の凍ったもの?こんなに白くてフワフワなのに』
 ハボックはそう言って前脚を窓の桟に乗せて外を覗く。フサフサの尻尾を振るハボックの背中からは外に出たいと訴えるオーラが滲み出ていて、私は慌ててハボックから顔を背けて目を瞑った。
『ねぇ、大佐』
『断る』
 呼びかけただけでピシリと断られてハボックが振り向く。
『まだ何も言ってないじゃないっスか』
『言うつもりじゃなかったのか?』
 言われてハボックは口を噤む。暫く私のことを見つめていたが、窓辺から離れて私の側にやって来た。
『ねぇ、外に行きましょうよ』
『嫌だ』
『雪ん中でもふもふしましょう。きっとフカフカで気持ちいいっスよ』
 そんな風に言うのを聞いて、私は呆れたようにハボックを見た。
『お前、さっき言ったのを聞いてなかったのか?雨が凍ったのが雪だと言ったろう?もふもふなどしたら寒くて凍えてしまうわ!』
『えーッ!あんなに柔らかくて気持ちよさそうなのにッ?』
 ハボックは残念そうに窓の外を見やる。少しして私を見て言った。
『冷たくてもいいや、一緒にもふもふしに行きましょう』
『一人で行け』
『そんな事言わずに、ねぇ、大佐』
 ハボックはそう言って私を起こそうとするように鼻面を私の腹の下に突っ込む。グイグイと腹の下をこすられる感触が擽ったくて、私はガバリと身を起こした。
『やめんかッ』
『はい、行きましょう、行きましょう』
 ハボックはそう言いながら体を使って私を部屋の外へと押し出す。廊下に出ただけでもヒヤリと冷たい空気に『寒い!』と叫べば、ハボックがやれやれとため息を零した。
『寒い寒いってジジ臭いっスね』
『なにっ?』
 聞き捨てならない言葉に私はジロリとハボックを睨む。何も言わず見返してくる空色に、私はフンと鼻を鳴らして玄関に向かった。
 外に出れば目の前は一面の銀世界だ。確かにハボックが騒ぎ立てるのも判る気がして雪景色を眺めていれば、ハボックがそろそろと雪の上に脚を下ろした。
『うおッ?』
 かなり積雪があったようで、ハボックの脚はズボズボと雪に埋もれてしまう。空色の瞳をまん丸にしていたハボックは、次の瞬間にぱぁと笑うと雪の中に飛び込んだ。
『すげぇ、フカフカだぁ!』
 そう叫びながらハボック雪の中を泳ぐように走り回る。見るからに寒そうな姿に呆れたため息をついた私の顔に、ビシャッと雪が飛んできた。
『ッ?!』
 ふるふると首を振って顔にかかった雪を跳ね退けて見れば、ニヤリと笑うハボックと目が合う。してやったりといったその表情に、私はムッと目を吊り上げて怒鳴った。
『よくもやったなッ!』
『ボケーッとして立ってるからっスよ』
『……言ってくれるじゃないか』
 その言葉に私の本能にカチリと音をたててスイッチが入った。
『私に喧嘩を売った事、後悔させてやるッ』
 そう怒鳴ると同時に雪の中に飛び込む。一瞬腹から脳天に冷気が突き抜けたが、雪の中追いつ追われつしなが庭を駆け回っていれば、寒さなどあっと言う間に気にならなくなった。そして。

「なぁ、もしかしてお前ら雪ん中で遊んだのか?」
 帰ってきたヒューズが足跡だらけの庭と雪塗れの私達を見て尋ねた。
『ヒューズさんっ、凄い面白かったんスよ!オレ、大佐に一杯雪かけちゃった!』
「おお、ハボック。楽しかったか、そうか、そうか」
 尻尾を振りながらヒューズを押し倒し、髭面をベロベロと舐めまくって訴えるハボックの頭を撫でながらヒューズが言う。
「お前も楽しかったか?ロイ」
 面白がるように私に問いかけるヒューズに、私はフンと鼻を鳴らすとすっかり冷え切ってしまった体をラグの上で暖めたのだった。


2013/02/06


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