| 第十六話 |
| 『わっ』 リビングの扉を開けて入ろうとすれば、床にべしゃあと寝そべったハボックを踏みつけそうになる。私はハボックを踏みかけた足の先で床に横たわる金色の体をちょんちょんとつついた。 『そんなところで何をしてるんだ。踏むぞっ』 そう言ってつついた足を持ち上げて踏みつける真似をする。だが、いつもならそこで慌てて逃げ出すハボックが、顔も上げずに視線だけ私に寄越した。 『だって暑いんスもん……床の上なら少しは冷たいかなぁって……』 普段のハボックには考えられないほど疲れきった声で言う。ハアとため息をついたハボックはゴロンと転がってだらしなく腹を晒した。 『暑い……暑すぎ……』 『お前な』 仮にも獣たる身、そう簡単に腹を晒していいのかと顔をしかめてハボックを見下ろす。だが、ハボックは少しでも涼しさを得ようとするように金色の体を床にこすりつけた。 今年の夏はいつにも増して猛暑が続いている。短毛種である私でもこの暑さはきついものがあるが、ふかふかの毛を生やしたハボックにしてみたら相当暑いに違いなかった。 『大佐ァ、どうしたら涼しくなるっスかねぇ……』 普段は鬱陶しいほどに元気なハボックがぐったりした声で言う。私は夏用の清涼感のあるラグに身を横たえて答えた。 『毛を剃ったらいいんじゃないか?そうだ、ヒューズにバリカンで剃って貰え。そうしたら私がそれを貰って冬用のコートにしてやる』 ふさふさの毛が暑いなら剃ればいい。実に簡単明瞭な答えを言えば空色の瞳が睨んでくる。恨めしげに私を見て、ハボックが言った。 『大佐ってば他人事だと思って全然まじめに考えてねぇっしょ。自分が毛が短いからって』 『なんだと?折角人が真剣に答えてやったのに』 正直至極まじめに答えたつもりだ。毛を剃ってそれでコートを作ればハボックは涼しく、私は冬に暖かい。実に合理的でいい考えなのにハボックは大きなため息をついてゴロンと転がり腹ばいになった。 『暑い……もう煮えちゃう……』 ハボックは私の意見に賛同する気はないらしい。それならそれで勝手にしろと私はラグの上で目を閉じた。そうすれば。 『暑い……』 『暑いよう……』 十数秒おきにハボックが呟く声が聞こえてくる。寝ようにもその声が気になって、私はムッと口を歪めてガバリと立ち上がった。 『おい!』 ムッとした私の声にもハボックは反応しない。目を瞑ったまま時折寝言のように「暑い」と繰り返すハボックを私はじっと見下ろした。 『おい』 言って足先でちょんちょんとつついてもハボックは顔も上げようとしない。ぐったりとしたハボックの様子を私は暫く見つめていたが、ふと思いついてハボックをそのままにリビングを出た。中庭に続く扉をくぐって庭に出る。夏の陽射しが照りつける庭は目眩がするほど暑かったが、私は庭の隅にある散水用の水道に歩いていくと、つないであるホースの先を咥えて庭の真ん中まで引っ張っていった。それからもう一度水道まで戻り、蛇口に歯をひっかけて回す。水が出たのを確認すると、長いホースを通って水が出るより早くホースの先まで戻るとその先端を足先で押し潰した。 『ハボック!』 そうしおいてから私は大声でハボックを呼ぶ。 『ハボック!!今すぐ出てこい!!来ないと二度と遊んでやらんぞッ!!』 何度も名前を呼び脅し文句を怒鳴れば、少ししてハボックが扉から出てきた。 『なんスか……?オレ、マジヤバいんスけど……』 暑くて死にそう、と呟きながら近づいてきたハボックがすぐ側まで来た時、私は押さえていたホースの先端から少しだけ足をあげる。そうすれば。 シャアアアッッ!! 水が飛沫をあげて近づいてきたハボックの顔に命中した。 『うきゃあッッ?!』 顔を水で直撃されてハボックが飛び上がる。ハボックは慌てて水の攻撃から身をかわして私を見た。 『なん……ッ、なにッ?!』 『冷たくて気持ちいいだろう?』 ブルブルと頭を振って叫ぶハボックに私は言う。そうすればパッと顔を上げたハボックが次の瞬間パアッと顔を輝かせた。 『気持ちいいっス!水!すっげぇ気持ちいい!!』 ハボックはそう言うと今度は自分からホースから飛び散る水の下に入る。全身に水を浴びて、金色の毛をきらきらと輝かせてハボックが言った。 『気持ちいい〜〜ッ!水浴び最高ッ!!』 『あっ、こら!そんなに暴れるなっ!』 冷たい水に喜んでハボックが跳ね回るせいで水が私の方へもビシャビシャと飛んでくる。 『だって気持ちいいんスもん!』 水を浴びて瞬く間にいつもの元気を取り戻したハボックが言って大きく跳ねた。 『ありがとう、大佐!大好きっ!!』 『……フン』 空色の瞳を輝かせてハボックが言う。夏の陽射しを金色の毛にキラキラと弾かせて、ハボックは長いこと水を浴びて遊んだ。そうして。 『ちゃんと乾いてから入って来いよ』 『えーッ!そんなぁっ!折角涼しくなったんスからこのままラグで昼寝したいっス!』 『貴様』 長い毛の根元までずっくりと濡れた体で私の大事なラグに寝そべりたいなどととんでもない事を言うハボックを私は睨む。 『そのなりで私のラグに寝そべったら噛み殺すからな』 『大佐ァ……んー、じゃあラグには寝そべんないから家に入るのはいいっしょ?』 『────勝手にしろ』 『わぁい、ありがとうございます』 家の中をびしょびしょに濡らしてヒューズに怒られたとしても私の知った事じゃない。 『やっぱり夏は水浴びに限るっスね!大佐、またやってくださいねっ』 嬉しそうに言いながらハボックはラグのすぐ側に身を横たえる。 それから少しして帰ってきたヒューズにハボックがこっぴどく叱られるのを遠くに聞きながら、私は夏の午睡を貪った。 2014/08/30 |
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