| 第一話 |
| まだ窓越しの陽射しも弱い朝早い時分、少しでも温もりを得ようと毛足の長いラグの上に横たわっていれば、パタパタと足音がする。微かに爪が当たる音の混じるそれに眉間に皺を寄せれば、頭上から声がした。 『外に行きません?外』 そう言われて片目を開けて見ると金色の毛並みのレトリバーが私を見下ろしている。フンと鼻を鳴らして目を閉じれば、ソイツは前脚を私の背に乗せてユサユサと揺すった。 『ねぇ、行きましょうよ。今日は寒いから霜柱がいっぱいできてるっスよ』 『霜柱ができる程寒い所にどうしてわざわざ出て行かねばならんのだ』 冗談じゃないと顔を背ければソイツはガッカリとしたようにため息をつく。私の背に乗せていた足を下ろして言った。 『仕方ないっスね。アンタはオレより年寄りだから寒いとこは体に悪いっスもんね』 一人で行ってきます、とため息混じりに出て行こうとするのに、私はガバッと起き上がって引き止める。振り向く空色に私は目を吊り上げて言った。 『誰が年寄りだッ!私は寒いのが苦手なだけだッ!』 『犬なのに?』 『私は繊細なんだッ』 フンと鼻を鳴らして私はソイツの側をすり抜け玄関へと向かう。そうすれば『外行くの?行くの?』と、楽しそうにワフワフ言いながらソイツが纏わりついてきた。 最近我が家に新参者がやって来た。何を思ってか 『うっ』 玄関を出た途端吹き付ける冷たい風に、私は思わず足を止める。だがハボックは私の横を走り抜けると、嬉しそうに冷たい空気を吸い込んだ。 『空気がキンとしてすっごい気持ちいいっスね!』 『クソ寒いだけだろう』 尻尾を振って空を見上げるハボックにボソリと答えて私は一歩踏み出す。そうすれば腹の下を冷たい空気が通り抜けて、私は頭から尻尾へとぶるりと大きく震えた。 『あっ、ほら、霜柱っスよ、ロイ!』 ハボックが庭の土を持ち上げている霜柱を見つけて言う。親しげに名を呼ばれて、私は思い切り眉間に皺を寄せた。 『私の事は大佐と呼べ』 『えーっ、ヒューズさんだってロイって呼ぶじゃん』 『私の名はロイ・マスタング大佐だ。大佐と呼べ、新参者の少尉め』 『ケチ』 ブーブーと不満を言う鼻っ面に一発パンチを食らわせれば、ハボックが空色の瞳に涙を滲ませて私を見る。しょぼんと項垂れて私の側を離れたハボックは、だが足元でサクッと霜柱が音を立てると、顔を輝かせて私を見た。 『見て見て、大佐、霜柱っスよ!』 ハボックはそう言うと前脚の肉球で霜柱をぺしぺしと叩く。そうすればハボックの肉球の下で霜柱がサクサクッと鳴った。 『おもしれぇ……、大佐っ、ほら、大佐もやってみて』 『嫌だ、肉球が冷たくなってしまう』 『そんな事言わずに、楽しいっスよ』 ハボックはそう言いながら霜柱をてしてしと踏み潰す。そのたびハボックの肉球の下で霜柱が答えるように鳴った。 『楽しい〜っ』 ハボックは空色の瞳をキラキラと輝かせて霜柱の上を歩く。その楽しげな様子を見ていれば、俄かに興味が湧いてきて私は肉球で霜柱を叩いてみた。 てし。 サク。 てしてし。 サクサク。 …………面白い。 てしてしてし。 サクサクサク。 てしサクてしサクてしサク。 てしてしてしてし。 サクサクサクサク。 単純だが不思議と面白いそれに思わず我を忘れててしてししていれば、不意に背後から声が聞こえて私は持ち上げた脚をそのままに凍りついた。 「へぇ、珍しいな、ロイ。お前がそんな事するなんて」 面白がるような声に上げた脚を下ろしゆっくりと振り向く。すると玄関の扉に寄りかかるようにしてヒューズが立っていた。 『あっ、ヒューズさんだ!ヒューズさん!』 ヒューズがいることに気がついたハボックが、尻尾を千切れんばかりに振って駆け寄っていく。ワフワフと纏わりつくハボックの頭をガシガシと乱暴に撫でて、ヒューズは言った。 「おお、ハボック。お前はいつも懐こくて可愛いな」 『ヒューズさん、遊ぼっ』 乱暴な可愛がり方にも、ハボックは嬉しそうに目を細めてヒューズに擦り寄る。そんな一人と一匹をジロリと睨めばヒューズが苦笑した。 「お前ももう少し愛想よくしろよ、ロイ」 『何故私が人間如きに愛想良くせねばならんのだ』 私はイーッと牙を剥くと玄関に向かって歩き出す。途中、ヒューズの靴で汚れた肉球をゴシゴシと拭いた。 「俺はお前のそういうオレ様な所が好きだぜ?」 そんな事を言うヒューズにフンと鼻を鳴らして私は家の中に戻る。背後ではハボックがヒューズに遊んで貰おうと、デカイ体で体当たりしていた。 私はリビングに戻ってくるとラグの上に横たわる。まったく、朝からくだらない事をしてしまった。ハボックが来てからというもの、どうもペースを乱される事が多すぎる。少し反省しなければ。 私はすっかり冷え切ってしまった肉球をラグの上で温めながら、ハボックのはしゃぎ声を耳にそっと目を閉じた。 2013/02/01 |
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