| 菫青石の恋 〜 Another ending 〜 |
| 「よ、ロイ」 そう声を掛けながら執務室に入っていけばロイが顔を上げる。ペンを置くとにっこりと笑って言った。 「久しぶりだな、ヒューズ。調子はどうだ?」 「まあまあかな」 「そう言うなら上々なんだろう」 ロイはそう言って背もたれに体を預けて腹の上で手を組む。以前と変わらぬように見える中で、その瞳だけが光を失い虚ろに濁っていた。 「ロイ…」 「何だ、ヒューズ。エリシアの新作写真でもあるのか?」 そう言って笑うロイがヒューズには知らない男のように見える。ヒューズは唇を噛み締めると言った。 「ロイ、みんな心配してる」 「心配?何を?」 不思議そうに聞いてくるロイにヒューズが声を荒げる。 「お前の事に決まってるだろうっ。お前が辛いのは判る。だがそんなに自分ばかり責めても――」 「ヒューズ」 遮る平坦な声にヒューズは口を噤んでロイを見た。ロイは虚ろな目でヒューズを見つめると言う。 「私がハボックを死なせたんだよ」 「ロイ、それは違う」 「違わないさ。あんなに傍にいながら何も気付いてやれなかった」 ロイはそう言うと自分の手に視線を落とした。 「私はアイツから奪うばかりだった。愛していると言いながら何1つしてやらなかった。奪うだけ奪って挙句の果てにはハボックを死なせたんだ」 「ロイっ!」 「なぁ、ヒューズ。私は思い出せないんだよ」 ロイはそう言うと金色に光るリングを撫でる。 「アイツは私の側で笑っていたことがあったんだろうか。ほんの一時でも幸せだと思ってくれたことがあったんだろうか」 「ロイ…」 「私にはハボックが笑っていた記憶がないんだ。私が覚えているのは悲しみと絶望に彩られた瞳だけだ」 ロイはヒューズを見つめて言った。 「アイツは、ハボックはきっと私を恨んで死んでいったに違いないんだよ、ヒューズ」 そう言って虚ろに笑うロイにヒューズはかける言葉が見つからなかった。 屋上で煙草をふかすヒューズの背後から声がかかる。振り向けばホークアイが歩み寄ってくるところだった。柵にもたれて遠くを見るヒューズの隣に並んでホークアイも街並みを見下ろす。春の柔らかい風に吹かれて、二人は暫く黙ったままでいた。 「リザちゃん、ごめんな」 ポツリとヒューズが呟けばホークアイが首を振る。ヒューズは吐き出した煙が空に昇っていくのを目で追いながら言った。 「俺は結局ハボックに会えなかったけど、アイツはロイの側にいて幸せだったんだろう?」 そんなことを聞くヒューズをホークアイは問いかけるように見つめる。 「ロイはハボックが笑ってた記憶がないって言いやがるんだ」 「そんなことっ!」 ヒューズの言葉をホークアイが即座に否定した。緩く首を振ると言う。 「彼は大佐の側でいつもそれはそれは幸せそうに笑ってました。誰もがその笑みを守ってあげたいと思えるような、そんな顔で笑ってたんです。あんなに幸せそうに笑う人を私は見たことがありません」 「それ、ロイに言っても聞く耳もたないんだろうな」 「私達の言葉は大佐には届かないんです。虚ろに通り過ぎるだけ」 「ロイに届くのはハボックの言葉だけか…」 だがもう、その言葉を紡ぐ人間はこの世にはいない。 「くそ…っ」 ヒューズはそう呟くと短くなった煙草を踏み消したのだった。 そうして何も変わらぬまま時間だけが過ぎていく。ただ息をしている人形に成り果てたロイを誰も救うことなどできる筈もなく、ロイは虚ろな瞳のまま日々の生活を送っていた。 「中尉、他に仕事はないのか?」 机の上の書類を綺麗さっぱり片付けてしまってロイが言う。ホークアイはファイルを手にロイを見つめると言った。 「ありません。それから大佐、大佐は明日から3日間の休暇ですから」 「休暇?そんなものを申請したつもりはないぞ」 そう言うロイにホークアイが首を振る。 「もうどれだけ休みをとっていないか判ってらっしゃいますか?人事の方からも苦情が来てます。司令室のメンバーが休みを取らな過ぎると」 ロイが休みを取らない為、結局その部下達も働き続ける傾向になっており、人事から再三苦情が来るようになっていた。 「大佐、このままではいつか倒れてしまいます。ご自分の体のことも考えてくださらないと」 「…必要ないことなんだがな」 「大佐…っ」 泣きそうに顔を歪めるホークアイにロイは苦く笑う。万年筆をポケットに挿すと立ち上がって言った。 「判ったよ、中尉。私も休暇をとるから君たちも少しは休んでくれ」 ロイはそう言うと静かに執務室を出て行ったのだった。 ロイは玄関を開けると家の中に入る。ひんやりと冷え切った室内は人が暮らしている気配が感じられなかった。ハボックを失ってからロイはあまり家には帰らなくなっていた。たまに帰ってもソファーで仮眠する程度。以前は使っていた寝室もキッチンも書斎ですらロイにとっては馴染みのないものと成り果てていた。 ロイは上着を脱ぎ捨てるとソファーに腰を下ろす。ぼんやりと何をするでなく座っていると、その脳裏に浮かぶのは哀しい空色の瞳だけだった。ロイは頭を振ると視線を彷徨わせる。ふと目に留めたラックの中に、一冊の本を見つけてソファーから立ち上がると手に取った。それを手にした途端ロイの耳に懐かしい声が蘇る。 ――マスタングさんの役に立てるようになるのはまだ大分かかりそうっスよ 「…ハボック」 ロイは手にした本をじっと見つめる。その時本の間から何かがパサリと落ちた。 「?」 ロイは手を伸ばすとそれを拾う。本の間から落ちたのは1通の白い封筒で、それを表に返したロイはその表面に刻まれた文字に目を瞠った。『マスタングさんへ』と記された右肩上がりの癖のある文字は確かにハボックのそれで。 ロイはドサリと力が抜けたようにソファーに座り込むと震える手で封を開ける。4つに折りたたまれた便箋を広げるとロイはそこに刻まれた文字を目で追っていった。 マスタングさんへ マスタングさんがこれを読んでるって事はオレはもう、アンタの傍にはいないのかもしれない。傍にいられなくなるなんてそれを考えるのはすげぇ怖いけど、その時の為にこれを書いておきます。 アンタは優しいから、オレが傍にいられなくなったことで自分を責めるかもしれない。でもね、マスタングさん、オレはたとえほんの少しの間だとしてもアンタの傍にいられて幸せだったっスよ。 ガキの頃からオレは誰からも必要とされたことがなかった。でも初めてマスタングさんと会った時、とても傷ついていたアンタはオレの腕を必要としてくれてオレはとても嬉しかったんスよ。それはもしかしたらオレである必要はなかったのかもしれない。でもオレはとても嬉しくて幸せだった。それからずっとマスタングさんのことが忘れられなくて、あの一夜だけが、アンタがくれた温もりと言葉だけがずっとオレの拠りどころで。 再び会うことが出来てからもそれは変わらなくて、傍にいることなんて望めないと思い込んでいたオレを、アンタは引き寄せて抱きしめてくれた。それがどれ程幸せなことだったか判るっスか?諦めることしか知らなかったオレに、アンタは諦めないでいいんだって教えてくれたんスよ。 ねぇ、マスタングさん。 いつか魂の話をしたでしょう?最初にあの話を聞いたとき、オレには自分の魂のもう半分を持っている人ががいるなんてとても信じられなかった。マスタングさんがそうならいいと思ったことはあっても、そんな虫のいい話は赦されないって思ってたんスよ。でも、アンタの手を取ってアンタの傍にいて、ようやくオレは信じることが出来た。 マスタングさん。 これからオレがどれだけアンタの傍にいられるのかわからないけれど、これだけは伝えておきたいっス。オレはマスタングさんに会えて幸せだった。たとえこの先一緒にいられるのがほんの1分でも1秒だったとしても、オレはアンタに会えてアンタの傍にいられて本当に幸せだった。だってオレはアンタに会う為にこの世に生まれてきたんだと思うから。 オレは一足先に生まれた場所に帰るけど、マスタングさんがこの世でするべきことを済ませて帰ってきた時オレ達はまた1つの魂になる。そうして再びふたつに分けられて送り出された時には、オレはきっとアンタを探すから。だから。 マスタングさん。 アンタもオレを探して。 そうすればきっと会える。 何度ふたつに分かたれてこの世に生まれ変わったとしても、オレ達はきっと会える。だってオレ達は元々1つの魂なんスから。 だからマスタングさん、オレを探して。 オレもマスタングさんを探し続ける。そうして何度でも巡りあって愛し合うんスよ。それって素敵っスよね。 ありがとう、マスタングさん。アンタがオレの魂の半分でいてくれて本当に嬉しいっス。他の誰でもないアンタが。 アンタに会えてオレは誰よりも幸せっスよ。 本当にありがとう。 マスタングさん、誰よりも、一番、大好き。 2008/4/12 |
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「菫青石の恋」初めての死にネタですー。ああ、難しかった…。拍手コメントで「菫青石のハボは消えてしまいそうだ」と言うコメントを頂いた時から「儚く消えてしまうハボ」のお話が頭を離れず、結局萌えの赴くまま最初で最後の死にネタにチャレンジしてしまいました。自分なりに頑張ったつもりですが、うーん…。要はハボにとってはロイしかおらず、ロイにとってはハボしかいない、と言う趣旨のお話にしたかったんですけどどうにも書ききれませんでしたorz 色々ご意見もおありでしょうが、温かい目で見守っていただけますとありがたいですー。 ともあれ死にネタは最初で最後ということで…。少しでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。 |