ハイムダール国物語  第五十三章


 食事を終えた二人はそれぞれにカウィルの人々宛へ手紙をしたためる。ロイは必死に隠そうとするハボックの腕の下から便箋を引き抜くと目を通した。
「見ちゃダメって言ってるのにっ!」
「いいだろう?私だってさっき見せたんだから」
「アンタはよくてもオレはよくないんス!」
 そう言って伸ばしてくるハボックの手をよけながら、ロイは手紙を読んでしまうと黙ってハボックに返す。何も言わないロイにハボックは心配そうに聞いた。
「どっか気に食わないところとかあったっスか?」
 顔を覗き込んでくるハボックをロイはチラリと睨んだが、突然その頬を両手でバチンと思い切り叩く。
「ってぇっ!何するんスかっ?!」
 紅くなった頬を両手で押さえて文句を言うハボックにフンと鼻を鳴らすとロイはプイと背を向けた。
 ハボックのしたためた手紙は決して上手なものではなかったが、とても暖かい言葉に溢れていた。ロイへの想いとカウィルへの気遣いを綴った手紙に、ロイは泣き出したくなる気持ちを必死に抑える。だが、ロイのそんな気持ちなど気付きもしないハボックは戻ってきた手紙を見てため息をついた。
「そんなに気に食わないなら出すのやめるっスから……」
 そう言ってくしゃりと手紙を丸めたハボックにロイは内心飛び上がると手紙を奪い取る。
「何してるんだっ、お前はっ」
「だって気に入らないんでしょ?」
「そんなこと言ってないだろうっ!大体書いたんなら最後まで責任もって出せっ!」
「んなこと言ったって……」
 嫌そうだったし、と呟くハボックをギロリと睨むとロイは手紙を机の上に置き丁寧に皺を伸ばした。とりあえず見づらくない程度に延ばせた事にホッと息を吐くと、ハボックには返さずそのまま自分が書いたものと一緒に封筒に収める。封をするロイに「いいのかなぁ」と呟くハボックをジロリと睨むとロイは言った。
「私はもう休む。さっさと部屋に帰れ」
「えっ、一緒に寝ないんスかっ?」
 ビックリしたように言うハボックにロイは思い切り顔を顰める。
「これ以上何かされたら寝込むだろうっ」
「何もしないっスよ。一緒に寝るだけ、ねっ」
 そう言ってロイの顔を覗き込んでくるハボックをロイはじっと見た。
「ロイー」
 ご主人の顔色を伺う大型犬のような表情にロイは肩を落とすと言う。
「ほんっとに一緒にねるだけだからな。何かしたら蹴落とすぞっ」
「あっ、うんっ、判ってるっスよ」
 パッと顔を輝かせてハボックはロイを抱き締めた。
「おい」
「…キスだけ、いいでしょ?」
 そう強請るハボックにロイはひとつため息をつくと目を閉じる。唇に降って来る優しい感触にロイは小さく笑ったのだった。


「ロイっ、この書類なんスけどっ」
 ノックもせずに扉を開けると同時にそう言うハボックにロイは眉を顰める。書いていたペンを置くとハボックを見た。
「いい加減私にばかり書類を持ってくるのはヤメロ」
 ロイはそう言って未処理の箱に詰まれた書類の山の上を手のひらで叩く。ハボックはへらりと笑うと答えた。
「だってロイの方処理するの早いし、大臣達もロイが目を通したなら安心だって言うし」
 そう言われてロイはムゥと黙り込む。カウィルからハイムダールへ嫁いで早数ヶ月。ロイは今ではハボックと共に王の補佐として国政に参加するようになっていた。その洞察力の鋭さと的確で素早い判断力はいつしか臣下たちの知るところとなりロイは単なる同盟の為のお飾りの正妻ではなく、ハイムダールにとってなくてはならない存在となりつつあった。
「とにかくこれ、目、通してくださいね」
 ハボックはそう言って書類を山の上に置くとマントを翻して扉へと向かう。
「オレはこれから国境の見回りに行って来ますから」
「おいっ、汚いぞっ!私だってたまには外に出たいっ!」
「適材適所っスよ、ロイ。じゃっ!」
 ハボックはそう言うと手を振って扉から出て行く。丁度やってきたティワズにすれ違いざま声をかけた。
「ティ!先に厩に行ってるから!」
「あっ、若!勝手に行っちゃわないでくださいよっ!」
 バタバタと廊下を走っていく背中にティワズはそう叫ぶと中へと入ってくる。不機嫌そうに机に肘をついているロイの前に書類を差し出すと言った。
「ロイ様、こちらの書類に目を通してサインをいただけますか?」
 そう言えばジロリと睨んでくるロイにティワズは眉を跳ね上げる。ロイは背もたれにドサリと背を預けると言った。
「どうしてハボックにやらせないんだ。アイツだって出来る筈だろうっ?」
「ええまあ」
 唇を尖らせるロイにティワズは苦笑する。
「小さい時から王のなさることを見てきましたし、きっちりと叩き込んできましたからね、出来ますよ」
 ティワズはそう言うとロイの顔を見て続けた。
「ただお嫌いなだけで」
「なっ…私だって書類と睨めっこばかりしてるより、外に行く方が好きだぞっ」
「でもまあ、適材適所ってヤツじゃないですか?」
 ハボックと同じことを言うティワズにロイはバンッと机を叩くと立ち上がる。
「なにが適材適所だっ!私だって書類仕事ばかりじゃ気が滅入るっ!今日はもうやめた、私も見回りに行くっ」
 ロイはそう言うとティワズの横を通り抜け扉へと向かった。扉のところでくるりと振り向くと言う。
「急ぎの書類だけ纏めてくれ。帰って来たらやるっ」
 そう言って部屋を出て行くロイをティワズは目を丸くして見送ったがやがてクスクスと笑い出した。
「まったくね」
 楽しそうに言うと書類の山に目をやる。
「私だって書類仕事なんて好きじゃないんですよ」
 ティワズはそう言うと手にした書類を山の上に放り投げた。
「こんな天気のいい日は馬で走るに限る。3人でやれば今日中には終わるでしょ」
 そう言ったティワズは足早に部屋を出て行く。後には綺麗に積み上げられた書類の山だけが残ったのだった。


「ハボック」
「あれ、ロイ?」
 グルトップのたてがみを撫でていたハボックはやってきたロイに目を丸くする。
「書類は?もう終わったんスか?」
「終わるわけないだろうっ、あんなものは後だ!」
 ロイは吐き捨てるように言うと厩番に命じて馬を連れてこさせた。さっさと跨るロイを見上げてハボックが聞く。
「ロイも一緒に行くんスか?」
「ダメだと言っても行くからな」
 挑戦的に言うロイにハボックは瞬間押し黙ったが、にっこりと笑うと言った。
「いいっスよ、一緒に行きましょう」
 ハボックがそう言ったとき、ティワズが現れて言う。
「若、護衛兵の準備も出来てます」
「うん、判った。ティ、ロイも行くって」
 ハボックの言葉に睨んでくるロイを見上げてティワズはくすりと笑った。
「たまには皆で遠乗りもいいですね」
 そう言って軽々と馬に跨るティワズに続いてハボックもグルトップに乗る。二人の顔を見渡すと言った。
「じゃあ行こうか」
 頷く二人と共にハボックは兵を引き連れて城を出て行く。どこまでも晴れた空の下、ハイムダールの未来を担う若者達はまっすぐに馬を走らせて行ったのだった。


2008/06/10


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「ハイムダール国物語」ようやく完結でございます。長かったー。最近連載を書くたび最長記録を更新しているような気がします(汗)最後までお付き合いくださった方には感謝申しあげます。
このお話のリク内容は第一話に出てきた話が丸まるそうです、と言う感じでしょうか。「大国との戦回避の為、腹違いの妹の代わりに嫁ぐロイ。本気で惚れさせたいなら努力して口説けという態度のロイ…という感じのハボロイ」というリクでその他にも「ハボが側室をとらない」「第一王位継承者:ヒューズ、第二王位継承者:ロイ」「従兄ブレダが第二王位継承者」「グレイシア、エリシアとロイは仲がよい」などなども全てリクにそった設定です(笑)正直全部書ききれてるんだか判らないのですが(おい)ここまで丁寧に設定を考えてくださったリクは初めてだったので新鮮でもありました。ティを出したおかげでガーッと方向がそれて言った気もしないでもないですが(趣味丸出しだったからね)少しでもお楽しみ頂けましたら嬉しいです。
楽しいリクをありがとうございました。