人工知能 第七話


「おかえりなさい、大佐」
 シュンと扉を開いて青いガラス張りの部屋に入れば途端にそう声がかかる。ロイは部屋の片隅に立つ金髪の青年に微笑みかけて言った。
「ただいま、ハボック」
「今日は寒かったっしょ?今温かい飲み物淹れますから座っててください」
 ハボックが言うと同時にロイのすぐ傍の床がせり上がって椅子になる。ロイはコートを脱いでドサリと椅子に腰を下ろした。
「どうぞ」
 少ししてハボックがカフェオレのカップを載せたワゴンをロイのすぐ横につける。ロイは手を伸ばしてカップを取ると両手に包み込んでホッと息を吐いた。
「ありがとう」
 そう言えば微笑む青年の姿は、よく見ればうっすらと向こうが透けて見える。まるで血肉があるように見えるが、ハボックはロイが作ったコンピューターのシステムであり、目の前に立つ姿はそのコンピューターが自身を表すのに使っているホログラムに過ぎなかった。
「ん……暖まるな。お前が淹れてくれるカフェオレは私好みでとても美味しい」
 だが、ロイはまるで普通の人間に話しかけるようにホログラムの青年に話しかけると満足そうな笑みを浮かべる。そっと目を閉じれば、初めてハボックが自分の前に現れた時の事が思い出された。


『おかえりなさい、大佐』
 あの時もハボックは今日と同じようにこうして部屋の片隅に立っていた。誰もいない筈の部屋の中から突然かかった声に、ロイはギョッとして発火布をはめた手を構えたのだ。
『待って!オレっス!ハボックっス!』
『ハボック、だと?』
 HAVOC08はロイが自分の為に作った人工知能だった。家の中を快適に整え、食事の用意やらなにやら、一人だとどうしてもやらねばならない煩わしい事をボタンひとつで済ませられる、ただそれだけの為に作り出したシステムだった筈なのに。
 何度修正しても繰り返し現れるバグが人間の感情そのものだとロイが気づいた時、ハボックはロイの前に姿を現したのだった。蜂蜜色の金髪と大空を切り取った空色の瞳を持つ青年の姿となって。
 最初は戸惑ったロイも段々とハボックの存在に慣れていった。彼はもの凄いスピードで「ロイの事」を学び、そうして深い理解はそのまま更なるロイへの愛情へと変わっていった。愛情はロイへの献身という形で現れ、ハボックはいつだってロイの為だけにその身を尽くしてくれた。そうして、今。


「何を考えてるんスか?」
「ん?」
 すぐ傍で聞こえた声にロイは閉じていた目を開ける。そうすればハボックがロイの足下に跪いてロイを見上げた。
「笑ってたっスよ、アンタ」
 幸せそうに、と言うハボックの言葉にどこか拗ねた響きを感じ取ってロイは笑みを深める。そうすれば明らかに不満そうな顔をするハボックにロイは言った。
「お前の事を考えてたんだ」
「オレの事?」
「お前が初めて私の前に現れた日の事を」
 ロイはそう言って足下に跪く青年の頭に手をやる。まるで柔らかい金髪に触れているかのように優しくその頭を撫でた。
「お前のおかげで独り暮らしの寂しさも煩わしさもない。これからもずっと傍にいてくれ」
「勿論っス。だってオレの存在はアンタの為にあるんだもの」
 ハボックはそう言って笑うとロイの膝に頬を擦り寄せる。ロイはそんな青年の頭をいつまでも撫で続けた。


2010/02/01


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