人工知能 第六話


「しまった」
 出張の荷造りをしていたロイがその手を止めて声を上げる。困ったように形のよい眉を寄せるロイの前にブゥンという低い音と共にホログラムの青年の姿が現れた。
「どうかしたんスか?大佐」
「ああ、ハボック」
 心配そうに見下ろしてくるホログラムの空色の瞳を見上げてロイが言う。
「司令部で作ったプログラミングのファイルをディスクに焼いて持っていくつもりだったのを忘れてしまってな」
「プログラミングのファイル、っスか?」
 ハボックはロイの言葉を繰り返して尋ねる。
「出張先のコンピューターに転送して貰うわけにはいかないんスか?」
「ものがものだけにそれは出来んよ」
 ロイはそう言ってため息をついた。
「仕方ない。列車が一本遅れるが司令部に寄ってとってから行くよ」
 そうでなくとも出張など億劫で仕方ないのに煩わしい用事が出来れば更に行くのが億劫になってくる。そもそも忘れたのは自分のミスなのだがその事実には目を瞑ってロイはブツブツと文句を口にした。
「ここのパソコンからアクセス出来ないんスか?」
「馬鹿言え。頑丈なセキュリティシステムの向こうのデータにどうやってアクセスするんだ」
 いくら自分が軍の関係者である程度のアクセスコードを使うことを許可されているとは言え限度がある。ロイは時計を睨むと嫌なことは早くすまそうとばかりにせかせかと部屋から出ていこうとした、その背に。
「待って、大佐。オレならアクセス出来るかも」
 そう声をかけられてロイが怪訝そうに振り向く。ハボックは床からせり出してきたパネルにホログラムの手を翳して言った。
「軍のコンピューターシステムもアンタがプログラミングしたんでしょ?だったらオレの兄弟みたいなもんだし」
「ハックする気か?」
「人聞きの悪い。兄弟にちょっと聞くだけっスよ」
 ハボックはそう言って薄く笑う。ハボックの手が淡く輝いたと思うと呼応したように輝いたパネルの表面に鍵のかかった扉の絵が現れた。
「大佐、軍のホストコンピューター、名前はなんて言うんスか?」
「え?……ああ、LINDAだが」
「そう……」
 ハボックは聞いた名前に笑みを深めるとパネルを操作する。
「アンタの弟を招待してよ、リンダ」
 囁くように言いながら手を動かせば、幾万もの文字が流れるように画面を過ぎて、現れる扉を次々と開いていった。十分もたたないうちにハボックはパネルに浮かび上がったデータをディスクに焼き付ける。そうしてにっこりと笑って言った。
「ありがとう、リンダ。またね」
 楽しそうに言ってポンと叩けばスゥッと表面の輝きが消えると同時に、パネルは一枚のディスクを吐き出して再び床の中へと消えていった。
「はい、大佐」
 そう言って差し出されるディスクをロイは驚きに目を見開いたまま拾い上げる。ディスクとハボックの顔を交互に見比べて息を吐いた。
「こんな事が……」
「ほら、早く行かないとせっかく司令部に行く手間省いたのに列車出ちゃうっスよ」
「ああ、そうだったな」
 ハボックの言葉にロイは慌てて家を出ていく。走り去る車の音を聞きながらハボックは目を細めた。
「そのうち出張どころか司令部にもどこにも行かなくても、全部この家で済むようになるっスよ、大佐……」
 ホログラムの青年はそう呟いてうっとりと笑った。


2009/10/23


→ 第七話