人工知能 第五話


「大佐」
「馬鹿馬鹿しい、もうやっていられるかッ」
 ロイはそう怒鳴ると持っていたファイルを机に叩きつける。そのまま席には座らずコートを手に取るロイに、ホークアイが眉を顰めた。
「大佐、もうすぐ次の会議が始まります」
「私はもう帰る」
「大佐」
「私に会議に出ろというならあの爺どもを何とかしろッ」
 バンッと机を手のひらで叩いて、ロイはホークアイを睨みつける。顔色一つ変えずに自分を見つめる鳶色の瞳に、ロイは舌を鳴らすと扉に足を向けた。
「大佐」
 背後から咎めるように名を呼ぶ声を無視して、ロイは執務室を後にする。
「………なんて煩わしい…ッ」
 廊下を歩きながらロイはそう低く呻くと、司令部の扉をくぐり車へと乗り込んだ。


 青いガラス張りの部屋に足を踏み入れてロイは辺りを見まわす。丁度よい温度と湿度に整えられた部屋の中には、だが誰の姿も見当たらなかった。ロイは上着を脱ぐと脱いだそれを見もせずに放り投げる。そうすればどこからか現れたコート掛けがそれを受け止め、部屋の隅へと運んでいった。相変わらず誰も姿を現さないことにロイは思い切り顔を顰める。苛々として声を張り上げた。
「ハボック!」
「―――はい」
 そうすれば少し間をおいて返事だけが返る。ロイは姿を見せないハボックにカッとして怒鳴った。
「姿を見せろッ、ハボック!!」
 その声にシュンという軽い音と共に部屋の隅に金髪の青年が姿を現す。いつものように自分の近くにやってこないハボックにロイは苛々と言った。
「どうしてさっさと出てこなかった?!」
「………だってアンタ、今人と接するのが煩わしいと思ってるでしょ?だったらオレの顔も見たくないんじゃないかと思って」
 遠慮がちなその様子にロイは目を見開く。ハボックの顔をじっと見つめたロイはため息をつくと現れた椅子に腰を下ろした。
「お前は別だ、ハボック」
 ロイは椅子の袖に肘をついた手に顎を載せて言う。ロイの手まねきに応えて傍に寄ってきたハボックを見上げて言った。
「お前はアイツ等とは違う」
 そう言ってうっすらと笑みを浮かべるロイの足もとにハボックは跪く。ロイの膝の上にそっと手を置けばその笑みが深くなった。
「お前だけはいつでも私の傍にいてくれ」
 ロイはそう言うとホログラムの手に自身の手を重ねる。自分を見下ろして微笑むその顔に疲れを見て取るとハボックは言った。
「少し休んでください。今夜はアンタの好きなもの用意しますから」
「……そうだな。休んで、お前の美味いメシを食ったら元気も湧いてくるな」
「そうっスよ。だから今は休んで」
「ああ、そうしよう」
 ロイは呟くように言って目を閉じる。やがて穏やかな寝息が聞こえてくるとハボックはため息をついて視線を落とした。
 視線の先にあるのはホログラムの手に重ねられたロイの手。果たしてロイは自分に体温を求めているのだろうか、それとも体温など煩わしいだけなのだろうか。
「たいさ……」
 ハボックは重ねられたロイの手に触れることのないキスを落とすと、そっと目を閉じた。


09/04/01


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