人工知能 第四話


「お前がこの家に越してから来るのは初めてだな」
 ヒューズはロイの後について青いガラス張りの部屋へと入りながら言う。ロイは着ていた上着を脱ぎながら答えた。
「そうだったか?なんとなく年がら年中顔を突き合わせているような気がしたが」
「よく言うぜ。最近ちっとも出てこねぇじゃねぇか」
 ヒューズが眉を顰めてそう言った時、シュンッと軽い音とともに金髪の青年がロイの傍に現れる。ギョッとして身を強張らせるヒューズにロイはくすりと笑って言った。
「話したことなかったか?ハボックだよ」
「はじめまして、ヒューズ中佐。お噂は予々伺ってるっス」
 ハボックはヒューズに軽く頭を下げるとロイの手からコートを受け取る。実際にはロイがコートを掛けたのは、ハボックの傍らに現れた細いハンガー状のコート掛けだったが、ヒューズの目にはあたかもハボックが受け取ったかのように見えた。
「何かお飲物をお持ちしましょうか?」
「ああ、それじゃあコーヒーを頼むよ」
「はい、大佐」
 ロイの言葉に答えて壁際のカウンターへと歩いて行くハボックの姿をヒューズは目で追う。均整のとれた長身の向こうにうっすらと部屋の輪郭が見て取れて、ヒューズはため息と共に言葉を吐き出した。
「ホログラムか?」
「ああ。いいだろう?」
 そう言ってロイはハボックを目を細めて見つめる。何もない空間にロイが腰を下ろそうとした瞬間、床が盛り上がって椅子の形になった。
「突っ立ってないでお前も座れよ」
「えっ?あ、ああ」
 言われてヒューズは怖々何もない空間に体を預けてみる。尻もちを付くのではないかと思ったヒューズは、自分が柔らかい椅子に腰かけているのに気づいてヒュウと口笛を吹いた。
「凄いな」
「ハボックは口に出さずとも私の思うとおりの事をしてくれるよ」
 ロイがそう言った時、ハボックがコーヒーを載せたトレイを持ってやってくる。シュッと盛り上がったテーブルの上にカップを置いて言った。
「どうぞ」
「ありがとう、ハボック」
 ロイはそう言ってカップに口をつける。いつもより僅かに甘く作られたそれに嬉しそうに笑うと言った。
「少し甘めのを飲みたいと思っていたんだ」
「ほんとっスか?よかった」
 ロイに言われてにっこりと満面の笑みを浮かべるハボックをヒューズはまじまじと見つめる。無意識に手にしたカップに口をつければ、ミルクだけを入れたそれに目を見開いた。
「……なんで、俺が飲みたいのが判るんだ?」
 不思議そうにそう呟けばハボックが得意げな笑みを浮かべる。そのまま何も言わずに窓辺に下がって控えるハボックをじっと見つめてヒューズは言った。
「ホログラムってことはコンピュータープログラムだろう?やけに人間くさいな」
「もともと私の思考を参考にプログラムを作ってはいるんだが……。いつの間にかああなっていてな」
 でも、おかげで毎日が楽しいよ、と笑うロイの顔と窓際のハボックの顔をヒューズは見比べる。二人の間に流れる奇妙に穏やかな空気にゴクリと唾を飲み込むと言った。
「ロイ、お前…」
「なんだ?」
 振り向くロイの黒い瞳に浮かぶ感情にヒューズは言いかけた言葉を飲み込む。眉間に僅かな皺を寄せると、ヒューズはハボックの横顔を睨んだのだった。


09/04/01


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