人工知能 第十話


「まったく……なんて暑さだ」
 ロイはそう呟いて額の汗を拭う。たまの休日、欲しい本を探して古書店巡りをしようと家を出たはいいが、あまりの暑さにロイは二軒目の店を出たところでいい加減嫌になっていた。
「……今日のところは帰ろう」
 普段のロイであれば本への熱意は多少の事では萎えたりしないが、今日の尋常でない暑さの前では流石の熱意もその熱度が敵わなかったようだ。ロイはげっそりとしたため息をつくと手ぶらのまま家への道を辿り始めた。
 太陽は容赦なくジリジリと照りつけ、焼けた石畳は熱を照り返して暑さを倍増する。ロイは黙々と歩いていたが、丁度目に入った木陰に向かった。少しでも涼をとろうと入った木陰にロイと同じ事を考えたらしい人が入ってくる。近くに人がくれば焼けた服の生地や肌から上る熱気で、もともと大した涼しさもない木陰は日向とは直射日光がないだけの違いしかなくなってしまった。
「……」
 ロイはうんざりとしたため息をついて再び家へと歩き出す。暑さの中歩くのにいい加減キレかかった時漸く家が見えて、ロイは最後の十数メートルを一気に歩くと家の中に飛び込んだ。
 途端にひんやりとした空気が体を包み、ロイはホッと息を吐く。廊下の先のガラス扉を抜けた先の部屋に入れば、聞き慣れた声がロイを迎えた。
「お帰りなさい、大佐」
「ハボック」
 シュンッと軽い音がして金髪の青年が姿を現す。ロイが体を預けるように倒れ込んだ何もない空間に床から椅子がせり上がり、ロイの体を受け止めた。
「暑かったっしょ?」
 ハボックはそう言って冷たいミネラルウォーターが入ったグラスをロイのところへ運んでくる。実際はホログラムの青年が運ぶことはなく、彼の動きに合わせてワゴンがロイのところへグラスを運んでいるのだった。
「ありがとう、ハボック」
 それでもロイは、ハボックに向かって礼を言う。口に含めば微かにレモンの爽やかさが口に広がって、ロイは一気にグラスの水を飲み干した。
「……」
 ふぅと息を吐くロイの耳に漣のように笑うハボックの声が聞こえる。一気に飲み干したグラスをワゴンに置くと、グラスがワゴンの中に吸い込まれるように消えて、代わりにカフェオレのカップが現れた。
「一息つきました?」
「ああ」
 ハボックの声にロイは頷いてカップを取る。程良い熱さのカフェオレは暑さに疲れたロイの体に染みて、疲れを溶かしていった。
「まったくとんでもない暑さだ。おかげで本を探せなかった」
 せっかくの休みだったのにとぼやくロイの足下にハボックはしゃがみ込むと、ロイの膝に頬を寄せる。ロイはホログラムの金髪を撫でるように手を寄せると目を細めた。
「お前は煩わしい熱がなくていいな」
 外の余りの暑さにいい加減うんざりしていたのだろう、人の体温さえ鬱陶しいとロイが笑う。カフェオレを飲み干し少し休むと目を閉じたロイが、程なくして規則正しい寝息を立てればハボックはそっとため息をついた。
「オレにとっちゃその煩わしい熱こそが一番欲しいものなんスよ、大佐」
 ロイに触れることが出来る熱を持った体を得るためならどんな事だってするのに。
 ハボックはそっと目を閉じると微かな音と共にその姿を消す。後には己の膝に手を載せて眠るロイが一人残されていた。


2011/08/12


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