| 人工知能 第十一話 |
| 暑くもなく寒くもなく、人にとって快適とされる室温と湿度に保たれた部屋の中、シュンッと微かに空気が震える音がしたと思うと金髪の青年が姿を現す。よく見れば彼の向こうに部屋の景色が透けて見えて、その青年が生きた人間ではないと判った。 彼──ハボックはロイが作り出した人工知能だ。その道のスペシャリストであるロイが己の居住の管理システムとして作ったシステムだった。単なる管理システムの筈のHAVOC08に感情というバグが生まれ、ハボックとなったのはいつのことだったのだろう。それはハボック自身にすら判らないことで、己の存在に気づいた時ハボックはロイの事が好きで好きで堪らなかった。もしかして好きという感情そのものがハボックであり、その感情が消えてしまえばハボックという存在も消えてしまうのかもしれなかった。 ハボックはロイの為に彼が住まう空間を快適に整えてやる。外が茹だるような暑さの時も、凍えるような寒さの時も、雨の日も晴れの日もハボックはロイが快適に過ごせるよう家の中を整えた。ロイが疲れて帰ってくれば、膨大なデータの中から彼の体調に合わせて適切な食事を選んで調理し、快適な睡眠を得るための環境を整えた。ロイがゆったりと風呂に入りたいと思えば一番疲れをとるのに最適な湯温の風呂を用意し、眠りたいと思えばすぐにベッドを用意した。来る日も来る日もハボックはロイの事だけを考え、ロイだけがハボックの世界の全てだった。 「大佐……」 ハボックは青いガラスに囲まれた部屋の窓から外を見下ろす。ロイは朝から東方司令部に出かけており、帰りは夜遅くなる筈だった。出かけていくロイをハボックはこのガラスの内側から見送るしかなく、ロイの帰りをただただ待つことしか出来なかった。 「こんなガラス、なくなっちまえばいいのに」 己の中心部であるコンピューターの基部はこのガラスの内側、奥深くに大切に護られている。今、HAVOC08の力が及ぶのはこの狭い家の中に限られているが、もし、このガラスの向こう、イーストシティの、延いてはアメストリスの地下を巡る様々なシステムを支配する事が出来たら、そうしたら。 「アンタをオレだけのもんに出来る……?」 ハボックはそう呟いて己の手を見つめる。ロイを抱き締める腕を持たない己の体。この国の全てを支配したら、いつかロイを抱き締める事が出来るだろうか。 「大佐……好き」 そう囁いて苦しげに己の体を抱き締めた青年の姿が、シュンッと空気に溶けるように掻き消えた。 2012/06/26 |
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