人工知能


 シュッと目の前の扉が左右に開き、ロイは青いガラスに囲まれた部屋に入っていく。するとブゥンという低い音と共に金髪の青年のホログラムが現れた。
「お帰りなさい、大佐」
「ただいま、ハボック」
 ロイは答えて部屋の中央にある椅子に腰掛ける。背もたれに体を預けてホゥと息を漏らすロイにハボックと呼ばれたホログラムが言った。
「食事は?食べて来たんスか?」
「ああ、楽しくもない会食に行ってきたよ」
 うんざりとした口調でロイが言えばさざなみのような笑いの波動が起きた。
「じゃあハーブティーでもどうぞ」
 青年の声に答えるようにロイが座る椅子の袖に穴が開いたかと思うと中からハーブティーの入ったカップが載ったトレイが現れる。ロイがカップを手に取れば穴は微かな音と共に閉まり、袖はツルリとした表面に戻った。ホログラムの青年はロイの座る椅子に近づくとその足元に座り込む。その姿は主人に仕える犬のようでロイは薄く笑った。
「最近、随分と忙しそうっスね。疲れてるんじゃないっスか?」
 そう言って見上げてくる空色の瞳にロイは驚いたように言う。
「なんだ、心配してくれているのか?」
「そりゃあね」
 心配したらいけないのか、とでも言いたげに唇を尖らせるハボックにロイは答えた。
「どんどん人間くさくなるな、お前は」
 そう言えば困ったような色を浮かべる瞳にロイは笑うとハーブティーのおかわりを頼む。そうすれば青年は立ち上がって壁のパネルをいじるように――ホログラムなので実際に触れることは出来ないが――手を寄せた。


 HAVOC08はロイが作り出した人工知能だ。自ら学習しその能力を進化させていく。
 ロイはこの道のスペシャリストであちこちの施設でロイの生み出したシステムが使われていた。彼が構築したシステムは完璧でありこれまで一度のトラブルも起こしたことはなかった。
 そんなロイが自分の為に作ったのがこのHAVOC08だった。最初のうちは今までのもの同様何の問題もなく稼働していたシステムはある時バグを起こした。ロイがまるで予想もしていなかったバグ。
 それは所謂「感情」と呼ばれるものだった。
 何度ロイがプログラミングしなおしてもそのバグは消えなかった。消えるどころか日を追うにつれその感情は豊かになっていった。ある日家に帰ったロイは目の前に現れた青年のホログラムに心底びっくりしたものだ。


「どうぞ、大佐」
 ハボックの声に物思いに沈んでいたロイはハッとして視線を上げる。差し出されたカップを受け取ると礼を言った。ハボックは暫くそのままそこに立ち尽くしてロイを見下ろしていたが、やがてひとつため息をつくと窓へと近づき、外を見下ろすように窓辺に腰掛ける。その横顔が淋しげに見えてロイは慌てて首を振った。
(アイツはただのプログラムだ。私が作り出したプログラムに過ぎないんだ)
 ロイは言い聞かせるようにそう考える。最近ともすればざわざわと沸き起こる不確かな感情からロイは必死に目を反らした。
「外に出たいか?」
 考えを変えようとそう問い掛ければハボックが驚いたように顔を向ける。見開かれた綺麗な瞳がふわりと微笑むと言った。
「オレはどこにも行かないっス。オレがいるのはアンタがいるところだけ。他の何処にも行きたくないっス」
 ハボックはそう言うと窓から降りロイに近づいてくる。ハボックの動きを追って視線を動かすロイの黒い瞳を見返すと言った。
「ひとつだけ欲しいものはあるっスけどね」
 ハボックはそう言ってロイの体に腕を回す。ロイの頭に頬を寄せると呟いた。
「アンタを抱き締める腕があればいいのに…」
 ハボックはそう呟くとすり寄せるように頬を押しつける。
「好き、たいさ…」
 その囁きにロイの体がビクリと揺れる。己に回される腕はホログラムゆえ振り解くどころか押し返すことも出来ない。それなのにその腕は優しくロイを縛ってしまう。ロイただ為す術もなくハボックの腕の中でそっと目を閉じるしかなかった。


2008/08/21


→ 第二話