「えっ…そ、んな…っ」
 二言三言返した後、フュリーがガチャリと受話器を置く。明らかにおかしいフュリーの様子に司令室の面々は口を閉ざしてフュリーを見た。フュリーは受話器に置いた手をぎゅっと握り締めると怖いものを見るかのように恐る恐るロイの方を振り向く。
「フュリー、どうした?」
 口を開かない二人の為にブレダが脇から声をかけた。フュリーはムリヤリ引き剥がすようにロイから視線を外すと、呟くように言葉を口にする。
「ハボック少尉が…死んだって…」
 その言葉が意味を成して皆の耳に届いた時、ロイの手からカップが滑り落ちて粉々に砕け散った。


〜約束〜 前編


「今度は2週間かぁ、長いっスよね…」
 食後のコーヒーを差し出しながらぼやくようにそう言うハボックにロイはくすりと笑う。
「何言ってるんだ、2週間なんて出張、これまでだって何度もあったろう?」
「そりゃそうっスけど」
 ハボックは手にしたコーヒーを一口飲むとロイの足元の床に座り込んだ。
「やっとアンタと一緒に暮らし始めたばかりなのに」
 2週間も離れ離れなんスよ〜、と嘆くハボックを面白そうに見下ろすと、ロイはサラリと言ってのける。
「私は清々するがな。毎晩ベタベタ絡んで来る犬が居なくて」
「あっ、そういうこといいますか、アンタは」
 ハボックはカップを置いてソファーに座るロイの顔を見上げながら言う。
「しがみ付いて離してくれないのはアンタの方だと思ってましたけど」
「なっ…」
 にんまりと笑うハボックをロイは紅くなって睨みつけた。そんなロイの手からカップを取り上げると、ハボックはロイの脚をそっと撫で上げる。脛から膝、腿へと手のひらを滑らせながら、ロイの顔をじっと見つめてハボックは言った。
「どっちの言い分が正しいか、確かめてみましょうか…?」
 そう言ってくすくす笑う男をロイは睨みつける。絡む手を振り払おうと脚を振り上げた途端、待ってましたとばかりにぐいと脚を掬われ、ロイはそのままの勢いでソファーに倒れこんだ。
「うわ…っ」
 脚を掴んだままハボックは立ち上がるとロイの脚の間に体を滑り込ませる。あっという間にロイをソファーの上に押さえ込んで、ハボックは薄く笑った。その男くさい笑みにぞくりと震えるロイにゆっくりと圧し掛かりながらハボックが囁く。
「たいさ…」
 低い声が耳に吹き込まれ、ぞくんと震えたロイは思わずハボックの背をかき抱いた。ハボックの手がシャツの裾から忍び込み素肌を探っていく。ぷくんと膨れ上がった胸の飾りを指先で引っかかれて、ロイの唇から喘ぎが零れた。
「あっ…」
 片方の手で乳首を弄びながら、もう一方の手がシャツのボタンを外していく。シャツの前を肌蹴ると、ハボックは愛撫を待ちわびるもう一方の飾りに唇を寄せた。チュッと音を立てて尖った乳首にキスを落とし、舌先でくりくりとこねる。唇全体で包み込むようにしてしゃぶれば、ロイがもどかしげに腰を揺らした。
「あっ…ん…はぁ…」
 ロイはハボックの髪を引っ張るようにして胸から顔を上げさせようとする。その動きに上目遣いで目を上げるとハボックの欲情に深みを増した青い視線がロイの濡れた黒いそれと絡み合った。
「ハボ…」
 熱に浮かれた声で呼ばれてハボックは体をずり上げると自分の名を形作った唇を自分のそれで塞ぐ。舌を絡め合い歯列をなぞり唾液を混ぜあって唇を離すと、ハボックはロイの髪をなでて言った。
「ベッドに行きましょうか?」
 微かに頷いて腕の差し伸べてくるロイの体をそっと抱き上げると、ハボックはリビングを出て2階へと上がっていく。寝室に入ると、カーテンを閉め忘れた窓から月の光が差し込むベッドの上にロイをそっと横たえた。ハボックがまだ体に纏わりついたままのロイのシャツを脱がせようとすると、ロイの手もハボックのシャツへと伸びる。お互いに相手の服を毟り取るように脱がせると、ようやく触れ合った素肌にホッとしたように息を吐いた。
「たいさ…」
 唇を合わせ舌を絡ませると、ハボックはゆっくりと唇を首筋から肩へと滑らせていく。時折きつく吸い上げてはロイの白い肌に紅い花びらを散らせていった。一度刻んだ花びらに更に指を這わせるハボックにロイは快感に震えながら呟く。
「ハボ…っ、そ、んなにしたら…っ」
「だって、2週間も触れられないんスよ…?消えないようにしとかないと、ね?」
 オレのこと忘れないように、と笑うハボックをロイは軽く睨みつけた。
「馬鹿が…」
「馬鹿でもいいです」
 そう言って更に花びらの数を増やしていくハボックにその身を任せながらロイは思う。忘れることなどできるわけもない。それほどまでに自分の心の奥深くまで分け入ってきている事にどうしてこの男は気がつかないのだろう。こんなにも心の全てを曝け出していることに気づかずにいるなんて、どれ程馬鹿なのかとロイは思った。気がつけばハボックに脚を大きく開かされ、その白い腿の内側にも幾つも朱色を散らされている。花びらが一つ増えるたびそそり立った中心からとろりと蜜が零れ落ちた。
「ハボ…っ」
 放っておかれた自身をもどかしげに揺らしてロイがハボックを呼ぶ。先走りの蜜でイヤらしく濡れた蕾がひくりと戦慄くのを目にして、ハボックはくすりと笑った。
「もう我慢できないっスか?」
 意地悪くそう囁けばロイが悔しそうにハボックを睨む。ハボックはその視線を受け止めながら、ひくつくロイの蕾へ指を差し入れた。
「あっ…」
 ぴくんと震えて、だがそれでもハボックを睨め付ける視線を逸らさないロイをハボックはうっとりと見つめながらくちくちと指をかき回した。
「んっ…ぅんっ…」
 沈める指の数を増やせば、流石にロイが苦しげに目を伏せる。微かに震える長い睫にそっとキスを落とすとハボックは指を引き抜き、代わりに熱く滾った自身を押し当てた。
「あ」
 ズッと押し入ればロイの体が僅かに強張る。だが、ハボックは躊躇うことなくずぶずぶとロイの中へと体を沈めていった。
「あっああっ!」
 一気に押し入ってくる熱い塊にロイは背を仰け反らせて喘ぐ。一旦奥まで入ってきたそれが、乱暴に入口まで引き抜かれたかと思うと次の瞬間には奥を突き上げられてロイは堪らずに熱を迸らせた。
「ひあああっっ」
 ハボックはロイの脚を大きく開かせると、限界まで突き上げる。容赦のない突き上げにロイはハボックの背に爪を立てた。
「ああっ…ハボっ…ハボック…っ」
「たいさ…っ」
 纏わりついて来る熱い襞が、突き上げる熱い塊りが、快感を煽り二人は夢中でお互いを貪りあう。ハボックが一際奥を突き上げた瞬間ロイの中心が白く爆ぜ、ぎゅうと締め付けてくる熱い肉にハボックも堪らず締め付けが緩んだ瞬間最奥へと熱を叩きつけていた。
「あああああっっ」
「た、いさぁっ」
 びくびくと体を震わせて、熱を吐き出した体はゆっくりと弛緩していく。二人してベッドに沈み込んで荒い息を零した。
「たいさ…」
 チュッと何度も顔にキスを降らせてくるハボックを受け止めてロイは小さく呻く。
「ハボ…重い…」
 そう呟きながらもロイの手はハボックの背に回されたまま外されることはなかった。ハボックはくすりと笑うと汗に濡れたロイの髪をかき上げる。
「ほら、やっぱり離さないのはアンタのほうでしょ…?」
「そんなことを言うならとっとと抜け…っ」
 慌てて手を離してハボックを押しやろうとするロイにチュッともう一つキスを落とすとハボックは言った。
「ヤです」
 ハボックがそう答えると同時に埋められたソレが、自分の中でむくりと頭をもたげるのを感じてロイは焦ってハボックの腕から逃れようとする。
「はなせっ…この馬鹿っ」
「ヤダって言ったでしょ」
 そう言ってゆっくりと揺すりあげればロイがビクビクと震えながらハボックに縋りついてきた。
「あっ…ハボっ」
「まだ足りないでしょ?」
「ばかっ…なに言って…っ」
「オレは足りないっス…」
 熱く囁く声にロイはハッとしてハボックを見上げる。情欲に色を濃くした蒼い瞳に見つめられてロイはどくりと心臓が跳ねるのを感じた。
「たいさ…」
 熱く名を呼ばれるままにロイはハボックの背に腕を回すと、その熱を受け入れていったのだった。

「それじゃ大佐、行って来ますけど、ちゃんとメシ食ってきちんと仕事してくださいよ」
「そんなこと言われなくても判ってる」
「ホントかなぁ、アンタほっとくとろくでもない暮らしになるから」
 玄関先で心配そうにそう言うハボックをロイは睨みつけると言った。
「余計な事言ってないでさっさと行け。列車に乗り遅れるぞ」
「じゃ、行って来ます。2週間したら帰ってきますから、いい子にして待ってて下さいね」
 そう言って額にチュッとキスをするハボックをロイは軽く押しやる。
「いい子ってなんだ、いい子って」
 目尻を染めて文句を言うロイににっこりと笑うとハボックはバッグを持ち上げた。
「言葉どおりの意味っスよ。じゃ」
 そう言って家を出て行くハボックの背を、ロイは一抹の淋しさと共に見送ったのだった。

「大佐、後10分で会議ですから」
 書類を手に執務室に入ってきたホークアイがそう言うのにロイは軽く頷きながらペンを走らせる。マジメに仕事に取り組む姿にホークアイはくすりと笑った。
「中尉?」
 問いかけるように呼ばれて、ホークアイが答える。
「お目付け役が居ない方がマジメに仕事をする気になるのも不思議ですわね」
 くすくすと笑いながらそう言うホークアイにロイは不機嫌そうにペンを放り出した。
「私がマジメに仕事をするのがそんなにおかしいかね?」
 子供のような拗ねた口調にホークアイの表情が慈しむそれに変わる。ホークアイは持っていた書類を未決裁の山の上に積み上げるとにっこりと笑って言った。
「いいえ、マジメに仕事をしていただけてとても助かってますわ」
 あと2週間その調子でお願いします、と言われてロイは思わず顔を顰める。
「この調子で2週間働き続けたら一生分働けそうだ」
 言外に息抜きしたいと言うロイにホークアイが言った。
「コーヒーをお持ちします。それを飲んだら会議ですから」
「それを飲んだら昼寝したい」
「大佐」
「判ってるからコーヒーをくれ」
 どさりと背もたれに体を預けるロイの為に、ホークアイはコーヒーを入れるべく執務室を後にした。

「お疲れ様でした、大佐」
「ご苦労だったな、少尉」
 家まで送り届けてくれたブレダにそう言うと、ロイは鍵を開けて家の中へと入っていく。ロイが家に入るのを確認して走り去る車の音を聞きながら、ロイは暗い廊下を歩いていった。カチリとスイッチをつけると白々と照らし出される部屋を見渡して、ロイはフッと息を吐く。まだ一緒に暮らし始めて間もないと言うのに、家の中にはハボックの存在が色濃く残って、その不在を際立たせていた。
「だらしないな、私は」
 ハボックがいる暮らしに瞬く間に毒されて、甘やかされる事に慣れきってしまった自分をロイは軽い驚きと共に自嘲する。こんなにも誰かを求める気持ちが自分の中にあったのだと気づかされて、ロイは信じられないと驚くと共に、それがとても甘いものだと言うことを知った気がした。上着を脱いでダイニングに入っていくと何の気なしに冷蔵庫の扉を開ける。その中にきちんとタッパーに仕分けられたおかずの数々を見て、ロイは目を見開いた後、くすくすと笑い出した。
「まったく、甘やかしすぎだ、お前は」
 こんなにも甘やかされて、自分は一体どうなってしまうのだろうとロイは思う。だが、それが決して不快なものではない事に気がついて、ロイは幸せそうに笑った。

「あ、大佐」
 ガチャリと司令室の扉を開けた途端、フュリーに名を呼ばれてロイは僅かに首を傾げる。
「あと30秒早く帰ってくれば良かったのに〜」
「どういうことだ?」
 フュリーの言葉にロイが尋ねればいかにも残念と言うようにフュリーが答えた。
「ハボック少尉から電話がかかってきてたんですよ。定例の報告だけだったんですけど、もう少し早ければ声が聞けたのに」
 そう言うフュリーにロイは苦笑する。
「別に声なんて聞かなくてもどうってことないだろう」
「会議中でいないって言ったら、ハボック少尉凄く残念がってたんですよ。マジメに仕事してますとは言っておきましたけど」
 フュリーの言葉に釈然としないものを感じながら、ロイは内心ハボックの声が聞けなかった事に落胆していた。もう2日も声を聞いていない。たった2日でこんな風に思うなんて、ロイは自分が腑抜けてしまったような気がして小さくため息をついた。それでも元気でやっているのだという事に安心する。また今度電話がかかって来たら、その時は声を聞けたらいい、そんなことを考えながらロイは執務室へと入っていった。

 ロイはソファーに座って近くの雑貨屋で買ったチルドカップタイプのコーヒーを口にする。一口飲んでじっとカップの文字を見つめたあと、ため息をついてテーブルにそれを置いた。新発売で評判だと聞いて買ってみたのだが、やはり何か物足りない。
(ハボックの淹れたコーヒーが飲みたい…)
 ぽすんとソファーに転がってクッションを抱きかかえるとため息をついて天井を見上げる。自分が求めるのと同じくらいハボックも自分を求めてくれているだろうか。そんなことをふと考えて、ロイはふるふると首を振ると勢いをつけて起き上がる。
「らしくないな、私としたことが」
 そう苦笑してクッションを抱えたまま部屋を出ようとしたロイは、入口近くに飾ってあった写真立てをクッションで引っ掛けてしまった。
「あっ」
 叫んで振り向いた時には棚から落ちたそれは床に当たってパリンと軽い音を立てる。
「しまった…っ」
 慌てて拾い上げると表面のガラスに数本のひびが入って、中に収めた二人で写した写真のハボックの体を切り裂いているように見えた。ロイは眉を顰めて暫くそれを見つめていたが、やがてため息と共にもとの棚の上に写真立てを伏せて置く。ざわつく心を抑えるように、ロイはテーブルの上からコーヒーのカップを取り上げると一息に飲み干したのだった。

「ああ、疲れた」
 そう言って司令室に入っていくとブレダが顔を上げた。
「お疲れさんです。コーヒーでも淹れましょうか?」
「ああ、頼むよ」
 ロイが頷けばブレダは席を立って給湯室へと出て行った。暫くしてカップを手に戻ってきたブレダからいい香りのするそれを受け取ると、ロイは近くの机の端に腰を引っ掛けて寄りかかる。コーヒーに口をつけて、僅かに眉を寄せると、目ざとくそれに気づいたブレダが言った。
「ハボのコーヒーと違うとか言わんでくださいよ」
「誰もそんなこと言ってないだろう」
 ムッとして言い返せばブレダが苦笑して言う。
「あと10日ですね、ちゃんとメシ、食ってます?」
「なんだ、それは。私をなんだと思っているんだ」
 ブレダの言葉にロイが唇をつきだして文句を言えば、近くで聞いていたフュリーも笑っていた。その時、リンと電話のベルがなりフュリーが受話器に手を伸ばす。
「はい、こちら司令室。…はい…えっ…そ、んな…っ」
 真っ青になって受け答えするフュリーをロイもブレダも緊張して見つめた。受話器を置いてロイを見つめたきり何も言わないフュリーにブレダが声をかける。
「フュリー、どうした?」
 そう聞けば必死の思いでロイから視線を外したフュリーが消え入るような声で答えた。
「ハボック少尉が…死んだって…」
 フュリーの言葉がロイもブレダも咄嗟には理解できない。数度の瞬きの後、ようやくその言葉が意味を成して届いた時、ロイの手から滑り落ちたカップが派手な音を立てて砕けた。それを合図にしたようにようやく口を開いたブレダが乱暴に椅子から立ち上がると言う。
「今、何て言った!ハボがなんだって?!」
「ハボック少尉達が乗った車がゲリラの襲撃を受けたって。多勢に無勢で殆んどが殺されたって…!」
「ハボが死んだって何で判るんだよっ?!」
「生き残った人の中に見た人が…銃で撃たれて崖から川に落ちるところを…」
「だからって死んだとは限らないだろうっ!!」
 怒鳴りあうブレダとフュリーの様子を、ロイはどこか遠い世界のことのように見ていた。心臓が冷たい手で鷲掴みにされたような気がする。うまく息ができない。ガンガンと響く頭の中でフュリーの声が木霊する。
『ハボック少尉が死んだって』
『ハボック少尉が』
『ハボックが』
『死 ん だ っ て』
 ぐらりと傾ぐ体をブレダの腕が支える。
「大佐っ!!」
 襟元を押さえてひゅうひゅうと変な呼吸をするロイの背を、ブレダは必死に擦った。
「大佐、大丈夫ですかっ!?ゆっくり息吸って、大佐、息するんですよっ!…フュリー!中尉、探して来いっ!!」
「はっ、はいっ!!」
 フュリーは半分泣きそうになりながら司令室を飛び出していく。ブレダはロイを支えながら執務室に入るとロイの体ををソファーに横たえた。
「大佐、大丈夫ですから、だから落ち着いて、ゆっくり息してください。俺が言ってること、聞こえてますか?ゆっくり息吸って、吐いて…そう、大丈夫、大丈夫です」
 そう言いながらブレダが必死に宥めているうち、まだ顔色が悪いながらもロイの呼吸が落ち着いてくる。汗の浮ぶ額をそっと拭ってやりながら、ブレダは唇を噛み締めた。
「ブレダ少尉」
 その時、執務室の入口にホークアイが顔を出しブレダを呼ぶ。ブレダは立ち上がるとフュリーに向かって言った。
「大佐の側にいてくれ」
 顔色をなくしながらもフュリーは頷くと、横たわるロイの側に跪く。ブレダは執務室を出て扉を閉めると、ホークアイと向き合った。
「大まかなことはフュリー曹長から聞いたわ」
「俺もまだわからないんです。電話が1本あったきりなんで」
「そう。とにかく現地と連絡を取らないと」
 そう言って受話器をとるホークアイを見つめて、ブレダは突然の知らせに呆然と立ち尽くすしかなかった。


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