| 約束 後編 |
| これまでに司令部に届いた情報だとこうだ。今回ハボックの出張の目的は数箇所の所属部隊から集められた兵士達との合同訓練。ハボックは出張先の部隊の兵士十数人とトラック2台に分乗して訓練から戻る途中待ち伏せたゲリラ達の攻撃を受けたのだという。ハボック達の人数の3倍以上のゲリラに対して、しかも訓練からの帰途であるからろくに攻撃物資も持たぬ状態で、殆んどなぶり殺しに近い状況だったと言う。それでも命からがら逃げ延びた数人の兵士がもたらした情報に寄れば、ハボックは殆んど武器もまともにない状態でゲリラに立ち向かって言ったという。彼のおかげで逃げることが出来たという兵士が、崖っぷちに追い込まれたハボックが銃弾を受けて川へと落ちていくのを見たのだ。川は前日までの雨で水かさが増し、濁流となっていたという。遺体こそ上がらなかったが、おそらくあそこに落ちて助かる見込みはまずないと言う話だった。 「なんでゲリラの待ち伏せなんかに会うんですっ?!おかしいでしょ、それっ!」 報告を聞きながらブレダはギリと歯を食いしばった。そんな情報が筒抜けの場所で訓練が行われていたなんて到底信じがたい。ホークアイはため息をつくと書類を手に取る。 「とにかく、詳しい情報が欲しいわ。誰かを向こうに行かせて…」 そう言った時、ふらりと執務室からロイが出てきた。 「大佐、起きて大丈夫なんですか?」 ブレダが心配して声をかければロイが軽く頷いた。 「大佐、俺が向こうに行って情報を集めて――」 「少尉が行かなくても向こうにハボックがいるだろう、アイツに調べさせればいい」 なんの抵抗もなく、さらりとロイが口にした言葉に、その場にいた全員が凍りついた。 「大佐、何言って…」 「ん?どうした、そんなに驚くことはないだろう?」 「大佐、ハボックはっ」 「ブレダ少尉っ」 ロイの言葉に驚いて真実を告げようとしたブレダを、ホークアイが留める。慌ててホークアイを見返すブレダに小さく首を振るとホークアイは言った。 「大佐、この件に関しては私に一任していただけないでしょうか」 「中尉に?」 「はい。勿論逐一ご報告しますので」 「それは構わないが」 「では、そうさせていただきます」 ほんの少し不思議そうな顔をするロイを、ブレダたちは信じられないものを見るように見つめるしかなかった。 「中尉、大佐は…」 「ショックが大きくて受け入れられないんだわ」 そう言うホークアイにフュリーが言う。 「じゃあ、大佐はあと10日したらハボック少尉が帰ってくると思ってるんですか?」 微かに頷くホークアイにフュリーが泣きそうに顔を歪めた。 「そんな…、だって少尉はもう…」 「中尉、どうしたらいいんです?」 「私にもどうしたらいいか…。でも、今本当のことを告げたら」 きっと壊れてしまうわ、と囁くように言うホークアイに皆が絶句する。ホークアイはブレダを振り向くと言った。 「ブレダ少尉。現地に行って詳しいことを調べてきてください。当時の詳しい情報が判れば対処の仕方も違ってくると思うの」 「判りました。すぐ出発します」 敬礼を返して司令室を飛び出していくブレダをホークアイは唇を噛み締めて見送る。 「ハボック少尉…」 呼べば煙草を咥えたままふらりと現れそうな気がして、ホークアイは小さく首を振ると手を握り締めたのだった。 「中尉、ハボックから連絡はあったか?」 「…いえ、今日はまだ」 「そうか、もし、連絡があったら会議中でも何でも呼んでくれ」 残念そうにそう言うロイにホークアイは微かに微笑んで頷く。書類を持って執務室に入っていくロイの背を見送ってため息を零した。ブレダから入ってくる情報は一つとしていいものがなかった。どんなにいい方向に考えようとしてもたどり着く結論はただ一言。 生存は絶望的。 「どうするんですか、中尉。大佐になんて…」 縋りつくような視線でフュリーにそう言われたところでホークアイ自身にも答えなど見つける術もなく。 「あと1週間したら帰ってくるって信じてるのに…」 震える声で言うフュリーにホークアイは自分の力のなさを噛み締めるしかなかった。 エリカは最近入院してきた患者の病室へと入っていく。体のあちこちを包帯でぐるぐる巻きにされた男の額にそっと触れて、熱が下がっている事にホッと息をついた。最初、この男が運び込まれてきた時は、もう死んでいるのかと思った。脚と腕の骨が折れ、肋骨にもヒビが入っていた。川を流れてきたことで出来た傷の他にも銃創と見られる傷が何箇所もあり、出血も酷かった。着ていた服から軍人であることは知れたが、つけている筈のドッグタグは流される間になくなってしまったらしく、切れた鎖の端が襟元に引っかかっていただけだった。 村の駐在を通じて軍に照会を頼んだものの、片田舎の駐在ではなかなか宛てにならない。返事は一向になく、意識の戻らない病人の身元はわからないままだった。エリカはこの村唯一の小さな病院の看護士で、彼女の献身的な看護のおかげで病人の具合はほんの少しずつではあるが快方へと向かっている。 「早く身元がわかればいいのだけど…」 エリカは手早く包帯を新しいものに替えながら呟いた。身内の人々がどれ程心配しているかと思うと、なんとかしてやりたいのは山々だが、どうすることも出来ない。自分にできるのは少しでも早く傷が癒えるよう看護してやるだけだった。 「はい、おしまい」 エリカが手当てを済ませて部屋を出ようとしたその時、男の口から微かに呻き声が漏れる。ハッとして駆け寄ったエリカの視線の先で、男がゆっくりと目を開いた。 「気分はどうですか?私の言っていること、判りますか?」 そう言えば、男はぼんやりとエリカの顔を見つめる。2度3度瞬いたかと思うと、唇が微かに動いた。 「オレ…かえらなくちゃ…」 そう呟く男にエリカはにっこり笑うと頷く。 「ええ、そうね。帰らなくては。だから貴方の名前を教えて欲しいの」 「…なまえ」 「そうよ、きっとご家族も心配してるわ。連絡を取るから、貴方の名前は?」 「…かえらないと…」 「あっ、ミスター!」 再び眠りについてしまう男をエリカは必死に呼び止める。だが、男の意識は吸い込まれるように沈み込んでしまった。 「帰らないとって…」 そのせつない囁きにエリカの胸はちくちくと痛む。早く帰してあげたくて、だがどうしようもなくて、エリカは男の手を握り締めるとそっとため息をついた。 「すみません…何の役にも立たなくて、俺」 現地から戻ってきたブレダは、悄然とうな垂れてホークアイに言う。ホークアイは小さく首を振ると答えた。 「あれ以上どうしようもなかったわ」 ブレダは執務室の扉を見つめて囁くように言う。 「大佐の様子は?」 「…相変わらずよ」 ため息と共に吐き出された言葉にブレダは唇を噛み締めた。約束の日まであと3日。その時ロイはどうなるのだろう。考えるのが恐ろしくてブレダはギュッと瞳を閉じた。 エリカは日が落ちて室温の下がってきた病室のカーテンを引いてため息をついた。あの後も男は何度か意識を取り戻したが、結局身元はわからぬままだった。意識を取り戻す度、「帰らなくては」と言う男の願いを何とかかなえてやれないかと思うが、如何せん名前すら判らないのではどうしてやることも出来ない。エリカは男の寝具を整えてやると病室を出て看護士の詰め所へと歩いていった。夜勤はあまり好きではない。闇に沈んだ病院にいると、今までに経験した別れを思い出して切なくなるからだ。エリカは書類を書いたり病室を見回ったりしながら時間を過ごしていたが、突然聞こえたガタガタという音にビクリとして顔を上げた。一緒に夜勤をしているもう一人の看護士は今、仮眠を取っているところだ。エリカはどうしようかと迷ったものの、一人で音がする方へと詰め所を出て行った。 「誰かいるの?」 怖くないと言ったら嘘になる。だが、エリカは勇気を振り絞ってうす昏い廊下の先へと声をかけた。手を伸ばして電灯のスイッチを探り当てるとカチリとつける。唐突に明るくなった廊下に目を細めたエリカは廊下の壁に手をついて蹲る男の姿に驚いて駆け寄った。 「どうしてこんな所にっ!」 蹲る体を支えて立たせてやろうとするが、男はエリカの手を振り払うようにして壁に縋って立ち上がる。 「…帰らなくちゃ」 「だから、ご家族を呼ぶわ。ねぇ、貴方の名前を教えて。そうすれば帰してあげられるのよ!」 男の体を支えてそう言うエリカを男はぼんやりと見た。 「帰りたいのでしょう?名前、貴方の名前よ?教えて」 必死にそういい募るエリカに、だが男は微かに首を振った。そんな男の様子にエリカが顔を歪めたとき、男が囁く様に言った。 「帰らなくちゃなんだ…行かせて…」 思いがけないしっかりした言葉にエリカは目を瞠る。強い意思を秘めたその瞳に、エリカはぐっと唇を噛み締めると言った。 「判ったわ、私が連れて行ってあげる。だから今は病室に戻って。今はまだ夜中だから、朝が来たら必ず貴方を連れて行くわ」 そう言うエリカを男はじっと見つめる。しっかりと頷き返すエリカに男は促されるままに病室へと戻っていった。 翌朝、院長が出勤してくると、エリカはすぐさま男を送っていきたいと申し出た。 「だが、身元もわからないんだろう?どうやって送っていくと言うんだ」 「彼が連れて行ってくれます」 「名前すらまともに思い出せない相手をどうやって?!」 「名前は判らなくても、彼を待っていてくれる人の居場所はわかるんですわ」 きっぱりとそう言い切るエリカに院長は思わず口をつぐんだ。エリカはにっこりと微笑むと言う。 「連れて行ってあげたいんです。彼のためにも、彼を待っている人のためにも」 そう言うエリカに院長はため息をついた。 「相手は重病人だよ。判っているのかい?」 「はい、院長」 院長は暫くエリカの顔を見つめていたが彼女の決心が固いことを感じ取ると、口を開いた。 「ムリは絶対にしないこと。ダメだと思ったら例えどこまで行っていようともすぐさま引き返しなさい」 「はい、ありがとうございます、院長」 嬉しそうに言うエリカに、院長も笑うと少しでも彼らの手助けになるようにと手はずを整えてやるのだった。 その日、朝から機嫌のよいロイにの様子に、ホークアイはため息を着いた。何れ誰かが言わなくてはいけないことだ。だが、それがどうして自分でなければいけないのだろう。いっそこのまま告げずにいたらと思わないではいられない。しかし、実際にはそんなことは赦されず、ロイにも現実を見てもらわなくてはならない時が刻々と近づいてきていた。 「中尉…大佐に言うんすか?」 「言わないでは済まされないでしょう?」 「そりゃそうですけど…っ」 辛そうに顔を歪めるブレダにホークアイは優しく笑った。 「大丈夫よ、大佐はそんなに弱い人ではないわ」 そう言いながらも真実を告げた時、ロイがどうなってしまうのか、正直ホークアイにも自信はなかった。だがこのまま伸ばし伸ばしにするわけにはいかない。そもそも今日ハボックが帰ってこないことをロイにどう説明することも出来ないのだから真実を告げるしかないのだ。ホークアイは必死にそう自分に言い聞かせると席を立って執務室の扉を叩く。ロイの返事を待って中へと入りながらホークアイは挫けそうになる気持ちを必死に奮い立たせるのだった。 男の進むままに幾つも列車を乗り継いでエリカはイーストシティの駅に立っていた。村を出てからもう丸一日以上が過ぎている。エリカも疲れていたが、それ以上に疲れきっている男の様子にエリカは心配そうに男を見上げた。 「少し休みましょうか?」 支える男の体は発熱して熱くなってきていた。ここまで来たものの、もうムリは効かないかもしれない。だが、エリカの言葉に男は微かに首を振った。 「帰らないと…」 もう一体何度この言葉を聞いたことだろう。まるでこの言葉しか知らないように、エリカは男がこれ以外の言葉を口にするのを聞いた事がなかった。ゆっくりと歩き出す男を支えて、エリカは一刻も早く彼を本来彼のいるべき場所へと戻してやりたいと思うのだった。 「中尉、ハボックは帰ってきたか?」 ホークアイが執務室に入った途端、そう言うロイにホークアイは彼女らしくなく顔を歪めた。ロイの顔をじっと見つめるとゆっくりと口を開く。 「大佐、ハボック少尉は帰ってきません」 低く、だがはっきりとそう言うホークアイにロイが笑った。 「なにを言い出すんだ、中尉」 「思い出してください。10日前、電話がありました。ハボック少尉が出張先でゲリラの襲撃を受けて亡くなったと連絡が――」 「うそだ」 「大佐っ」 「2週間したら帰ってくると言ったんだ。ハボックは約束をたがえたりしない」 「たいさっ」 キッパリと言いきって笑うロイの瞳に狂気の色を見つけてホークアイはぞくりと震える。助けてくれと、この人とそして自分自身をも助けてくれと叫びだしそうになるのを必死に押さえてホークアイは言葉を続けた。 「大佐、どうか現実を見つめて…っ」 「ハボックは死んでないっ!!」 そう叫んだロイの手に銃が握られている事に気づいてホークアイは凍りつく。ピタリと自分に向けられる銃口にホークアイは信じられないものをみるようにロイを見た。 「たいさ…」 「ハボックが死んだなんてうそだ」 「たいさっ」 「嘘だっ」 ホークアイに向けられていた銃口がゆっくりと上がってロイ自身に向けられて。 「やめてっ!!」 ホークアイは引き金を引こうとするロイに飛びついていった。 「東方司令部…?」 エリカは男の進むままにたどり着いた建物を見上げて呟く。よろめくように中へと入っていく男を、入口のところで兵士が留めた。 「おい、一般人が勝手に入ってはダメだ」 そう言われてエリカが慌てて言う。 「この人、こちらの軍人さんだと思うんです」 そう言われて警備兵がエリカの支える男の顔をまじまじと見つめる。そうしてそれが誰だか判ると、近くの人間に早口で何かを告げた。言われた男がバタバタと奥へと駆け込んでいくのを見ていたエリカは、突然支えていた男の体重がぐっと自分にかかってくるのを感じて、慌てて支える腕に力をこめる。 「大丈夫?しっかりして」 エリカの声にぼうっとしていた男の視線が僅かに力を取り戻した。エリカは早く早くと願いながら建物の奥を見つめていた。 ガウウ―――ンッッ!! 響き渡る銃声にブレダが執務室へと飛び込む。その視界に銃を持つロイを押さえつけるホークアイの姿が飛び込んできて、ブレダは凍りついた。 「少尉っ、銃をっ!」 ホークアイの声にハッとしたブレダは慌てて駆け寄るとロイの手から銃を取り上げる。ホークアイに押さえ込まれたまま、ぼんやりと宙を見上げるロイに、ブレダは震える唇を噛み締めた。何か言おうとブレダが口を開いた時、廊下をバタバタと走る音が響き、乱暴に司令室の扉が開け放たれる。 「マスタング大佐っっ!!」 警備兵の声にブレダは執務室から顔を出すと言った。 「何事だ?!」 「い、入口にっ」 「入口?」 「かっ、帰ってきたんですっっ!!」 口ごもりながらも怒鳴る警備兵の言葉にハッとしたブレダは執務室に飛び込むと、まだ床に横たわったままのロイの腕を掴んだ。 「たいさっ!!しっかりしてっ!!たいさっ!!!」 ぼんやりとブレダを見上げる黒い瞳にブレダが怒鳴る。 「帰ってきた!帰ってきたんですよっ!!たいさっ!!!」 その言葉にロイの瞳にゆっくりと光がもどっていく。数度瞬きしたロイはゆっくりと身を起こすとブレダの顔を見た。しっかりと頷くブレダにロイは執務室を飛び出していく。何度も転びそうになりながら玄関へと走り出たロイの目に懐かしい金髪が飛び込んできた。 「ハボックっ!!」 エリカに支えられていた男が足元に落としていた視線をゆっくりと上げて、ロイの姿を見つけるとにっこりと微笑む。 「たいさ…」 その声に引き寄せられるようにロイがハボックの腕の中に飛び込んで。 「ハボックっっ!!」 しがみ付くようにそのシャツを掴んでロイはハボックを見上げる。震える指を伸ばすと空色の瞳にそっと触れた。 「ホントにお前なんだな…?」 その言葉にハボックが笑って答える。 「たいさ、ただいま…」 「…おかえり、ハボック」 くしゃくしゃと顔を歪めながらそう囁くロイをハボックはしっかりと抱きしめたのだった。 2007/6/10 |
リハビリss第二弾ですー(苦笑)帰巣本能だけで帰ってきたハボでしたー。ツッコミどころは満載ですがその辺は目を瞑って…(笑)ハボが出張先で行方知らずになる話、実は1年前にも書いているのですが、今回また書いてみました。前回は生死がわからないと言う形でしたが今回は「死んだ」という知らせが入ったという話です。もしハボが死んだら多分ロイはゆっくりと壊れていくんじゃないかなと。今回は明らかにおかしくなってるのが判りますが、ホントはもっと目に見えない形で壊れる気がしますー。中尉がロイに「ハボは死んだんだ」と告げに言ったとき、どういう反応をするか、実は書く瞬間まで考えていなかったという…。気がついたら銃をもってました。中尉と一緒にビックリしたよ!(←おい)こんな反応はしないだろうというご意見もあるでしょうが、その辺はまあ大目に、大目に(苦笑)少しはリハビリできたかなぁ。どうだろう…。 |