| 薔薇の言葉 ハボックver. 1 |
| 「大佐っ、オレ、もう限界っス…!」 そう言って今にも店から駆け出そうとするオレの袖を大佐が掴んで引き止める。 頼むからカンベンしてくれと見下ろしても 「もう少しだから我慢しろ」 と言ってのんびりと店内を歩き出す始末だ。 ここはセントラルにあるバラの花をテーマにした店だ。護衛として大佐についてセントラルまで出張してきたオレだったが、仕事が終わってようやっとホテルに戻れると思った矢先、あのヒューズ中佐に捕まってお使いとやらを頼まれてしまったのだ。 「いやぁ、オレの愛しいグレイシアの為に、今話題のバラの小物をおくりたいんだけどさぁ」 バカがつくほど愛妻家の中佐はどうしても手がはずせない自分の代わりに買い物に行ってほしいと大佐に頼み込んだと言うわけだ。 「だからって、なんでオレ達が買いに来なくちゃいけないんスか?」 たとえ親友だって、わざわざこんなところまで代わりに買い物に来てやる必要なんてないだろう。でも、大佐にとってあの人は特別の中の特別だからと思ったら、ますますこの甘い匂いの充満する店内にいるのがしんどくなってきた。 「グレイシアにはこの出張中も食事に招いてもらったり、いろいろ世話を焼いてもらったしな。 ヒューズの為ではなく彼女へのお礼ということだ」 確かにグレイシアさんにはいろいろしてもらった。感謝もしている。 「でも、ちゃんとお土産持ってきてたんだし、何ももう一度お礼しなくてもいいじゃないっスか」 一刻も早く店の外に出たい一心でそう言っても 「開店したばかりで話題の店なんだぞ、小さい子供を連れて買い物に来るには混み合ってて大変 だろう。それに、女性の好きな店と言うものを見ておけば、お前も少しは女性にウケる話が出来る だろうと思ってな」 などど言ってくださる。 「でも、この匂いは拷問っス…っ」 バラの花を模ったインテリアや小物が所狭しと並べられた店内は、甘い香りにあふれいていた。オレだって花の香りは嫌いじゃないがここまで強く香っているとマジで倒れそうになる。 「やっぱり犬だけあって嗅覚が発達してるんだな」 そういう大佐を恨めしげに見下ろせば、物凄く楽しげに笑っている。ああ、でももう言い返す気力もない。 「なんとでも言ってください…」 そんなオレをみて流石に哀れと思ったのか、大佐は何点か選んでレジへと進んでいった。 「あ〜〜っ、もう死ぬかと思ったっスよ」 やっと店から出られてオレは思い切り空気を吸った。 「全く、そんなことだから女性から相手にされんのだ」 呆れたように大佐に言われたが、そこまでして相手にされなくてもかまわない。 「あんな店に行かないと相手にされないならそれでもいいっス」 そう言って俺はタバコを取り出して火をつけた。店の中ではタバコを吸うのと同時にあの甘ったるい匂いも吸い込んでしまいそうで、とても吸う気になれなかったのだ。 「バラの香りには脳波を落ち着かせる働きがあるそうだ。古くから薬草として医療品に使われていた歴史もあるんだぞ」 「オレにとってはタバコの方がよっぽど落ち着きます」 バラが薬草として使われている時代にいなくて良かった。そんなところにいたら治る病気も治らなくなりそうだ。タバコの方がよっぽど効き目があるのにと考えながら煙を吐き出していると、大佐が苦笑を浮かべてオレを見ていた。 「そういえば、この近くにバラの花を使った料理を出すレストランがあるそうだが、行ってみるか?」 「カンベンシテクダサイ…」 オレが嫌がるのを承知でこういう事を言うんだ、この人は。 「週末は予約でいっぱいになるほどの人気の店だそうだ。バラの花びらの入ったバラご飯とか、バラの天ぷらとか、これはほのかに苦味があっておいしいそうだが、あと細かく刻んだ花びらをまぶした筍の煮物とか…」 「うへぇ、聞いただけでも腹ん中からバラの香りがしそうっス。だいたい筍の煮物なんてそんな妙なものまぶさなくても十分うまいじゃないっスか」 そんなことまでしてバラを食べたいと思う神経が信じられない。そりゃオレだって食用の花があるのは知ってるし、飾りで入ってれば綺麗だとは思う。でも何から何までバラ尽くしなんて、聞いただけでも吐きそうだ。 「食用のバラの花びらにはビタミンや食物繊維が含まれていてな、女性にしてみれば美容によさそうと思うんだろう」 楽しそうにそういう大佐を見下ろしてオレは思い切り下唇を突き出した。 「そんなもんでビタミンやら食物繊維とらんでも、他においしく取れるものがいくらでもあると思いますがね」 バラからビタミンなんてどうせたいして取れるはずもないじゃないか。もっとうまくて体にいいものがたくさんあるのに何を好き好んでそんなもの食べなくちゃいけないんだ。 「だからお前はモテんのだよ、ハボック」 ああ、また言われちまった。どうせ、田舎もんとか思ってるんだ、この人。 「別にいいっス」と不貞腐れた声で答えたオレを、大佐はちらりと見て 「そういえば、バラの花言葉を知っているか?」 と聞いてきた。この人ならそんなことも知っていて、女性を飽きさせることもないんだろうな。 「どうせ、オレはそういう女性向きの知識は皆無です」 すねたオレにいじけるなって言うけど、ここまで苛めといて誰のせいだよって思うよな。別にモテたいわけじゃないけど、こんなに言われ続けると、やっぱりオレってって思えてくるんだ。 「まぁ、一般的には情熱とか愛情とかだろうけどな。でも、黄色いバラには『貴女には誠意がない』とか『笑って別れましょう』とか言う意味もあるんだぞ」 「マジっスか?!」 オレ、黄色いバラおくったことあるぞ。そうか、だからフラレたのか…。 なんだかすっかり落ち込んで話す気力もわいてこない。この人みたいにそつなく優雅に振舞えたら何も悩みなんてないんだろうけど。 そんなことを考えながら歩いていたら、ふとこの人にあげるなら何色のバラを送ったらいいんだろうと思った。どうせ男女を問わず、いくらでもバラの花なんてもらえるだろうから、オレからの花なんて欲しくはないだろうけど、でも――― 「大佐なら何色のバラを送ってほしいっスか?」 知りたい、と思った。 「そんなの、送る方が考えるものだろう」 ああ、そうだよな、何バカなこと聞いてるんだろう、オレ。 「でも」 と大佐が言葉を続けたので、大佐の方を振り向く。 「私ならお前に白いバラをおくるかな、それも枯れてるヤツ」 「はあっ?!」 なんスか、ソレ、あんまりだ…。いっつも好いように言われているオレだけど、いくらなんでも ソレはあんまりだと思う。オレは真面目に大佐に花を贈りたいと思ったんだ。送ってどうなるもんでもないだろうけど。でも、大佐の言葉をきいてオレは自分が思った以上に傷ついていることに気がついてしまった。 → 2 |