第一話


「人型のキメラ?」
「はい、人の遺伝子と犬の遺伝子を操作して作り出したものだそうです。その研究施設が閉鎖される時に処分されたと聞いていたのですが、2頭ほど脱走したのがいたとか」
 ロイの決裁箱から決裁済みの書類を取り出しながらホークアイが言う。ロイは椅子の背にギシリと身体を預けて言った。
「だが、20年近く前の話だろう?もう生きていないんじゃないのか?」
 逃げ出したばかりの頃はまだ子供だったろう。人型とは言えキメラであれば逃げ出した先の土地で射殺なりなんなり、処分されている可能性が高い。
「私もそう思います。ただ最近“狼男を見た”との通報が何件かあったと聞いてふと思い出したものですから」
 ホークアイがそう言えばロイはフムとため息をついた。
「大方酔っ払いの見間違いだろうが、何かあれば憲兵隊の方から言ってくるだろう」
「そうですね」
 あまりこの話には興味を駆られなかったらしい上司にホークアイは薄く笑みを浮かべる。もっともやたらと興味を持たれて首を突っ込まれても他の業務に支障が出るのは明らかだったからこの方がいいのかもしれない。ホークアイは書類を抱えて執務室を出ようとしてソファーに座ってぼんやりとしているハボックに気付く。いつもはきちんと刈り上げられている髪がボサボサと伸びてその空色の瞳を覆い隠さんばかりになっているのを見て眉を顰めた。
「ハボック少尉、髪を切った方がいいわ。そんなに前髪が目にかかっていたら銃を撃つときに邪魔でしょう」
 そう言うホークアイの声にハボックはビクリと肩を震わせる。ちらりとホークアイを見るとすぐ視線をテーブルに戻して小さな声で答えた。
「そっスね。今度床やに行って来ます」
「……そうなさい」
 何となく様子のおかしいハボックにホークアイは首を傾げたが、壁の時計を見て慌てて書類を手に出て行く。パタンと扉が閉じれば執務室にはロイとハボックだけが取り残された。
 ロイは椅子に座ったままソファーに座るハボックへと視線を向ける。ここのところハボックの様子がおかしいのには気付いていた。いつもは煩いほどに陽気な男が塞ぎこみ、長く伸びた髪にその表情を隠している。ロイはその大きな体を精一杯縮こまらせてソファーの隅に座っている姿に何故だか苛ついて乱暴な仕草で椅子から立ち上がった。その音にビクッと大袈裟に身体を震わせるハボックの姿が余計にロイの苛立ちを誘う。ロイはツカツカとハボックの傍へ近づくとその肩に手を掛けた。
「ハボック」
「……ッッ!!」
 ビクンと跳ねたハボックが肩に掛けられたロイの手を振り払う。長い髪の間から覗いた空色の瞳に浮かぶ怯えた色にロイは僅かに目を見開いた。
「……言いたいことがあるなら言え、ハボック」
 見開いた目をスッと細めてそう言えばハボックが首を振る。
「何もありません、大佐」
 その答えにロイの中で何かが弾け飛んだ。バッと手を伸ばすとハボックの襟首を掴みソファーに押し倒す。短い悲鳴を上げて逃げようとする身体を押さえ込むと真上からハボックの瞳を覗き込んだ。
「私に嘘をつくな、ハボック」
 怒気を孕んで囁く声にハボックがふるふると首を振る。まだそんな態度を取るのかとカッとなったロイは馬乗りになったハボックの体に変化が見える事に気付いて目を瞠った。白い肌を上気させ息を弾ませ軍服の布地の下を膨らませるハボックは明らかに発情している。恋人同士となった今もセックスにはわりと淡白なハボックの信じられない姿をロイはまじまじと見つめた。
「見ないでッ、大佐…ッ」
 そう言ってハボックは腕で顔を覆い隠す。その時、長い金髪の影に隠れたハボックの耳がいつもと違う事に気付いてロイはハボックの髪をかき上げた。
「ッ!イヤッ!!」
 もがくハボックを押さえつけて晒したその耳は、先が尖り正面の薄桃色の皮膚を除いて金色の毛皮に覆われている。
「…ッ?!まさか、お前…ッ?」
 押さえ込まれたソファーの上に小さく丸まって震えるハボックの姿は発情した犬そのものだった。


2009/02/25


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