セレスタの涙、オニキスの誓い  第百四十九章


「────どうした?」
 ブラッドレイが東方司令部にいる間はこちらへは顔を出さないと思っていたハボックがブラッドレイが来て早々に姿を現したのと、部下達のただならぬ様子に、ロイは言いかけた言葉を飲み込んで尋ねる。迷うようにチラリとハボックが視線を寄越したのを感じたものの、流石のホークアイも瞬時に判断がつかずに言葉を探しあぐねていればロイが言った。
「ブラッドレイが何か言ったんだな?なんと言ってきた?」
「大佐」
 察しのよい上官がこんな時には疎ましい。ホークアイは一つため息をついて言葉を続けた。
「大佐に会いたいそうです」
「中尉ッ」
 正直にブラッドレイの言葉を伝えるホークアイをハボックが慌てて呼ぶ。ロイは僅かに目を見開いたものの、そうか、と短く答えた。
「大佐、本当なら外出して会議だったんしょ?だったらそう言って断ってもいいんじゃないんスか?」
「だが会議は中止になったからな」
行けない理由はないと言うロイにホークアイが言う。
「中止になったかどうかは大総統には判りませんわ」
「私に逃げろと言うのか?」
 黒曜石の瞳に見つめられてホークアイは眉を寄せた。
「大総統の滞在中にどこかで会わなくてはならないのは確かですけれど、なにも今日でなくてもいいのではありませんか?」
「どこかで会わなくてはならないのなら今日でも構わんだろう?」
「大佐」
 確かにロイの言うとおりではあるが、いくら何でもあまりに急だ。
「なにも相手のペースに乗ってやることはありません」
「ここはこちらの土俵だよ、中尉。奴のペースとばかりはいかないだろう。それに」
 と、ロイはハボックを見る。心配そうな色を浮かべて見つめてくる空色を見れば、ロイの唇に笑みが浮かんだ。
「これからは一緒だ、心配などなにもいらない。そうだろう?ハボック」
「大佐」
 笑みを浮かべて見つめてくるロイにハボックが目を瞠る。僅かに詰めていた息をフゥと吐き出した唇に同じような笑みを浮かべた。
「そっスね……そうっスよね。これからは一緒だ────大佐も中尉もみんなも」
「ッ、そうだよっ、俺達も一緒だぜ!」
 ハボックの言葉にブレダがハッとしたように声を上げる。ハボックの頭に伸ばした手で金髪をクシャクシャと掻き混ぜるブレダにハボックが軽い笑い声をあげた。
「すんません、大佐。もう間違わないって言ったのはオレなのに」
「毒気に当てられたか?」
「そうかもしれないっス」
 どう言ったとしても色々とあった相手だ。最初の時からずっとペースを握っているのはブラッドレイでこちらは対応するだけで必死だった。どうしても苦手意識が抜けないのは仕方のない事かもしれなかった。
「それに会いたいと言ってきても向こうもまだこちらの様子を探っているところだろうしな」
「……だといいんスけど」
 浮かべていた笑みを消して伏し目がちにそう呟くハボックをロイはじっと見つめる。不安の色を長い睫の陰に隠すハボックに手を伸ばして、ロイは指先でハボックの顎を掬った。
「大────?んんッッ!!」
 不思議そうに見つめてくる空色に笑みを浮かべてロイはハボックの唇を塞ぐ。司令室のど真ん中、皆が見つめる中いきなり口づけられて、飛び上がったハボックが逃げようとするのを赦さずロイはハボックの体を抱き込むと更に深く口づけた。
「んっ、んーーッッ!!」
 羞恥に顔を真っ赤に染めてハボックは逃れようとしてもがく。だが、そうすればするほど唇は深く合わさって、きつく舌を絡めとられた。
「ん……んふ……ぅ、ん……」
 呼吸すら奪うような深い口づけにハボックはビクビクと震えながらロイに縋りつく。漸く唇が離れた時には軽い酸欠状態になって、ハボックは涙の滲む目でロイを睨んだ。
「ア……アンタ、ねぇ……ッ」
「おまじないだ。これで何も心配なくなったろう?」
「なに考えてんスかッ!みんないるのにッッ!!」
 顔を真っ赤にして手の甲でゴシゴシと唇をこすって叫ぶハボックの言葉にロイは周りを見回す。そうすればブレダやフュリーが慌てて顔を背け、ホークアイがうんざりとしたため息をついた。
「大佐、おまじないをするなら皆に効くようなおまじないにしてください。少尉には効くかもしれませんが、私たちには逆効果です」
「次からは気をつけるよ」
 ニヤリと笑って言うロイにブレダ達は内心、またこんな事があるのかと確信してげんなりする。そんな部下達の様子など気にもせずロイは言った。
「ブラッドレイにはいつでもそちらの都合にあわせると伝えてくれ。いいな、ハボック?」
「あ……、はいっ」
 言われてハボックが慌てて頷く。
「よし、行け。ハボック」
「イエッサー!」
 ピッと敬礼を返して司令室を飛び出していくハボックの背を、ロイは笑みを浮かべて見送った。


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