| 三 |
| 読んでいた本からふと顔を上げて窓の外に目をやると、庭に佇む彼の姿が見える。空を仰ぎ見る彼が何を見ているのか気になって、私は本を机に置いて立ち上がると庭へと出た。 「何を見ているんだ?」 そう尋ねれば彼が空に向けていた目を私に向ける。まるで空を見つめすぎてその色が写ってしまったとでもいうような、綺麗な空色の瞳で私を見て答えた。 「随分空が高くなったなぁと思って」 と言って彼はまた空を見上げる。 「あ、鳥」 そう言って指差すのにつられるように空を見れば、空の随分と高い所に鳥が飛んでいるのが小さく見えた。 「いい天気だな」 雲一つない空を悠々と飛ぶ鳥を見つめて私が言う。そうすれば頷いた彼が私を見て言った。 「こんなに晴れてたら夜はさぞかし月が綺麗でしょうね。今夜は十六夜だし」 「十六夜か。人によっては十五夜より綺麗だと言うな」 「どうっスか?月を見ながら一杯いくっていうのは」 思いもしなかった彼からの誘いに私の心臓がドキンと大きな音を立てる。私はその音が彼に聞かれなかった事を願いながら、精一杯平気な顔で答えた。 「それはいい考えだ。じゃあ酒は私が用意しよう」 「なら摘みはオレが」 彼が笑って答えるのを聞けば、臆病な心臓がもっと大きな音を立てて跳ね上がった。 夜になれば二人して庭に椅子と小さなテーブルを出す。テーブルの上に彼が用意した摘みと私のとっておきの酒から選んだボトルを並べれば、小さな月見の宴が始まった。雲一つない夜空には、満月に僅かばかり欠けた月がぽっかりと浮かんでいる。煌々とした輝きは庭を明るく照らして、私と彼は互いに注しつ注されつしながら酒を酌み交わした。 「結構イケる口なんだな」 「妖は酒が好きなんスよ。いや、酒を飲み交わすのが好き、かな」 彼のグラスに酒を注ぎながら言えば彼がそう答える。彼は月を見上げながら続けた。 「昔は花見だ、月見だって何かにつけて飲んでましたね」 「最近は飲まないのか?」 「一人で飲んでもつまんないっしょ?」 ほんの少し淋しげに笑う彼の記憶にあるのは誰なのだろう。そう思えば俄かに湧き上がる妬心を押し隠して私は言った。 「私で良ければいつでも付き合うぞ」 私の言葉に彼は月を見ていた視線を私に向ける。月明かりの中、灰色がかった瞳でじっと私を見た彼が、ふんわりと笑った。 「なら、付き合って貰おうかな――――実は棚の中のコレクション、狙ってたんスよ」 胸の内を隠すように悪戯っぽく付け足した彼の金髪が月の光に淡く光る。 「まあ、一回飲んだら名前を返すのが一年は延びるがな」 「はあっ?なんスか、それっ!」 「等価交換だろ?」 「うわぁ……目一杯飲まなきゃ割に合わねぇ」 「余計に旨く感じていいんじゃないか?」 ニヤリと笑って言えばベェと舌を突き出す彼が飲み飽きてしまわないように、旨い酒を探してコレクションに加えておこうとこっそり思った。 2012/10/21 |
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