第八話


「お前も一緒に出かけられると判ったのはいいんだが」
 と、ロイは床に座り込んだままハボックを膝に乗せて言う。
「なあ、ハボック。お前、毛糸玉にならんか?」
 突然ロイにそんな事を言われてハボックが目を見開く。何を言い出すんだと言いたげに見つめられてロイが言った。
「着ていく服がないだろう?まさかそのシャツで行くわけにいかないし」
 ヒューズに変態とまで言われた格好を、ロイとていいとは思わない。子供の姿では服が必要だが毛糸玉であれば服もいらないし、連れ歩くのも楽チンだ。そう思ってロイが言えば、膝からピョンと下りたハボックが側に置いてあったワンピースをロイに差し出す。
「ハボック」
「ろーいー」
 眉を顰めると強請るように名を呼ばれてロイは眉間の皺を深めた。
「あのな、ハボック。それは女の子の服なんだ。男のお前が着るものじゃない」
「ろーい〜っ」
 首を振ってダメと言われてハボックが目を潤ませる。ワンピースを抱き締め涙を浮かべた瞳でじっと見つめられて、ロイはがっくりと肩を落とした。
「ヒューズめ、こんなものを持ってきやがって」
「ろーい?」
 低い声で呟くロイの顔をハボックが覗き込む。じーっと見つめてくる空色にロイは深いため息をついた。
「判った。ヒューズが持ってきたものを一式持っておいで」
 そう言われてハボックが顔を輝かせてキッチンを飛び出していく。ロイはため息をついて立ち上がるとリビングに移った。
「ろーいっ」
 少ししてハボックがワンピースの他に紙袋を抱えて戻ってくる。ソファーに座ってそれを受け取ると、ロイはワンピースのボタンを外して言った。
「おいで」
 ロイはワンピースを脇に置きハボックが着ているシャツを脱がせる。下着一枚になったハボックの頭からワンピースを被せ、腕を袖から出してやった。背中のボタンを留め腰のところで大きなリボンを結んでやる。レースのついた白い靴下とワンピースと同じ色合いの靴を履かせた。
「こんなものまで」
 紙袋の中を探ればワンピースと同じ生地を使ったカチューシャが出てきてロイは顔をしかめる。ハボックの金髪に手を伸ばしたロイはひょこっと現れた犬耳に目を丸くした。
「これはつけないでいいんだな?」
「ろーいーッ」
 その言葉にハボックが慌てて犬耳を引っ込める。ロイが丁度犬耳があった辺りにカチューシャをつけてやると、ハボックが嬉しそうにそっと手で触った。
「ろーいっ」
 ハボックがくるんと回ればワンピースの裾がフワリと広がる。その様にハボックがパアッと顔を輝かせた。
「ろーいッ」
「ヒューズが見たらもの凄く喜びそうだな」
 本当に嬉しそうに笑ってクルクルと回るハボックを見て、ロイがどこか悔しそうに呟く。どうだと尋ねるように、ロイの膝に手をついて覗き込んでくるハボックにロイは言った。
「言っておくが、ハボック。その服は今日だけだからな」
 そう言った途端泣きそうになるハボックに、だがロイは心を鬼にする。
「さっきも言ったろう?それは女の子の服なんだ。その代わり私がお前に似合う服を買ってやるから。な?」
 そう言って頭を撫でてやったがハボックはどこか不服そうだ。後で服を隠してしまおうと思いながら、ロイは立ち上がった。
「よし、じゃあ買い物に行くぞ」
 ロイはそう言ってハボックと手を繋ぐ。嬉しそうに笑うハボックの手を引いてロイは玄関に向かった。扉を開いて外に出る。門から外に出る時には思わずポケットの中の天使の飾りを握り締めた。
「……大丈夫、だな」
 家の敷地の外に出てもハボックの様子に変化がないのを見れば、やはりどこかホッとする。にっこりと笑いあって歩き出すと、ハボックが途端に目を輝かせた。
「ろーいっ」
 大輪の向日葵を見上げ、ピンク色の百日紅の花の塊を指差してはロイを呼ぶ。初めて見る外の世界は何もかもがハボックにとって輝いて見えるようだった。興奮してピョンピョンと飛び跳ねていたハボックは、だが店が建ち並ぶ賑やかな通りに来ると途端にロイにピタリとしがみつくようにくっ付いた。
「ハボック」
 安心させるように呼ぶロイをハボックがほんの少し不安そうに見上げる。小さな手をしっかりと繋いで歩いていると突然かかった声にハボックがビクッと震えてロイにしがみついた。
「可愛いお嬢さんね。パパと一緒にお出かけ?」
 話しかけてくる初老の女性をハボックが空色の目をまん丸に見開いて見上げる。ギュッとしがみついてくるハボックの頭を宥めるようにポンポンと叩いてロイはにっこりと笑った。
「ええまあ。ちょっと買い物に」
「まあ、いいわね」
 言って笑う女性に笑い返してロイはハボックを促し歩き出す。何度となく同じように声をかけられて、目的の店に着く頃にはロイの眉間には深い皺が刻まれていた。
「一体全体なんだと言うんだ。まさかハボックが男なのがバレたのか?」
 やたらと声をかけられる事に辟易してロイが呟く。逃げるように店の中に飛び込むと、ロイとハボックはホッと息を吐いた。
「とっとと買って帰るぞ」
 ロイはそう言うとハボックの手を引いて目的の物を探す。男の子向けの服が並ぶ棚に来るとシャツやズボンを取ってハボックに見せた。
「これなんてどうだ?」
「ろーい」
 そうすればハボックがマネキンが着ている可愛いブラウスを指差す。明らかに女児用のそれに、ロイは眉を顰めた。
「あれはダメだ、ハボック。女の子用だろう?」
 そう言われてハボックがぷぅと頬を膨らませる。その時若い女性店員が近づいてきて二人に声をかけた。
「いらっしゃいませ。女の子用でしたらこちらですよ」
 そう言って売り場を案内しようとする店員にロイが慌てて手を振る。
「あら、でも」
 と言って店員がワンピース姿のハボックに視線を向けるのを見て、ロイは言った。
「あー、その……、そう、双子の弟用の服なんだ。すまないが幾つか選んで貰えないだろうか」
「判りました。お父さんと一緒に弟の服を買いに来たの?偉いのね。手伝うから一緒に選びましょう」
 にっこり笑ってそう言うとハボックの手を引いて服を選び出す店員に、ロイは引きつった笑みを浮かべていた。


2012/08/18


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