第七話


「流石にこれ以上は無理だな」
 ロイは冷蔵庫の中を覗いて呟く。よく冷えた冷蔵庫には半分ほど入ったミネラルウォーターの瓶の他には卵の一つも入っていなかった。
「ハボック」
 と、ロイは傍らのハボックを見下ろす。ロイのズボンのポケットをギュッと掴んでいるハボックを見つめて言った。
「すまんが流石に限界だ。買い物に行かないといけない。イイ子だから留守番――――」
 と、そこまで言ったところでハボックがロイの腰にギュッとしがみつく。その様子にため息をついて、ロイはハボックの手を外させるとその前に跪いた。
「お前を置いていったりしない。ちゃんと帰ってくる、約束するから」
 ロイはそう言いながら金色の頭を撫でる。
「私は食べるものに拘りはないが、流石に水だけでは腹が減る。それに、お前の服も買わないとだしな」
 ロイがそう言えば、キッチンを飛び出していったハボックが少しして何やら腕に抱えて戻ってきた。
「ろーい」
 言ってハボックが広げて見せたのは先日ヒューズが持ってきたワンピースだ。それを手にじっと見つめてくるハボックにロイがため息をついた。
「腹が減った。お前と違って井戸の水じゃもたんよ」
 やれやれと床に座り込んで告げるとハボックが泣きそうな顔でワンピースを抱き締める。いつの間にか現れていた尻尾もしょんぼりと項垂れているのを見て、ロイは困り切って肩を落とした。
「なあ、ハボック。一つ聞きたいんだが」
 と、少ししてロイが言う。尋ねる声に俯けていた顔をパッと上げて見つめてくる空色にロイは言った。
「今のお前は昔のお前と同じなのか?それとも別物なのか?」
 そう尋ねられてハボックが目を見開く。ロイはハボックをじっと見つめて続けた。
「昔のお前はあの屋敷と強く結びついていて敷地から一歩も出ることが出来なかった。だが、屋敷は燃えてなくなってしまったろう?」
 ハボックから直接聞いた訳ではないが、ロイはハボックがあの屋敷の「想い」だと考えていた。誰も住まなくなって久しく放置されていた屋敷が、かつて屋敷に住んで屋敷を明るく暖かくしていた人々を懐かしみ、もう一度会いたい、誰もいなくなってしまって淋しいと想い続けて生まれたのがハボックなのだろうと思っていた。屋敷に想いがあるなどと、科学者としては受け入れられない考えと言えなくはなかったが、現にハボックは存在していたし、そのハボックを否定する事はロイには出来なかったのだ。屋敷の想いであるハボックは、強く屋敷と結びついていてそこから離れる事が出来なかった。だから事件がおきた時ロイはハボックを置いて屋敷を出るしかなく、火事で屋敷が焼け落ちてハボックも消えてしまったと思っていた。だが、今ハボックはここにいて、それならこのハボックは以前のハボックとは違うのだろうか。
「説明、は出来ないか……」
 ハボックは「ろーい」としか言わない。たった一つの言葉は様々なハボックの想いをはっきりと伝えてはいたが、ロイが知りたい事を説明するのは無理だろう。
 ロイがフウとため息をつけばハボックが持っていたワンピースをロイに押し付ける。さっきと同じように出ていったハボックが今度も何かを手に戻ってきた。
「ハボック?」
 さっきとは違い手の中に収まる小さなものをハボックはロイの手のひらに載せる。それがハボックが大好きだった天使の時計の小さな天使の飾りと気づいてロイは目を見開いた。
「これは」
 そういえばハボックがこの飾りから出てきた事を思い出す。ハボックが小さな手を伸ばして飾りを持つロイの手に頬を擦り寄せた。
「ろーい」
 ロイを呼んでハボックが笑う。その顔を見て、それからロイは手のひらの天使を見た。
「もしかして私にもう一度逢うために戻ってきてくれたのか?」
「ろーい」
 身勝手な考えかもしれないがそうだと思いたい。
「今のお前の依代(よりしろ)はこいつか。それならこれからは何処へでも一緒に行けるな」
 何があろうともう二度とこの小さな手を離さなくてすむのだ。
「ろーい」
 ロイは抱きついてくる小さな体をしっかりと抱き締めた。


2012/08/17


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